ないか。「転向」物語以来、評判の悪いコミンテルンは、ウカウカしていると、メートル法の責任まで負わされて了うかも知れない。併しメートル原器の又原器は、モスコーではなしにパリーに在るのである。
四、滝川問題と京大問題
今日「京大問題」と呼ばれているものは、初め「滝川問題」と呼ばれたものだ。善意に解釈すれば、一滝川教授の問題ではなしに京大全体の問題だという意味で、又事実京大全体の問題となったという意味で、滝川問題が京大問題にまで拡大されたわけである。だがこのことは、あくまで、滝川問題が京大問題にまで展開したのであって、決して滝川問題の代りに、京大問題が置き換えられたということではない。
滝川教授の強制休職を怒って法学部全教授が起ったのであった。滝川教授が仮に復職すれば無論問題はすぐ様片づく筈だった。処が松井総長の妥協案なるものは、「滝川教授の処分は特別な場合なるを以て前例とせず、今後教授の進退は教授会の決議によって総長の具申を以て行う」というのである。滝川教授の場合を前例にされては耐らないが、之を特別な場合[#「特別な場合」に傍点]だと云って合理化している以上、いつでもその特別な場合が出て来るものと覚悟しなければならぬ。総長の具申云々は初めから当然で、之は「特別な場合」でない場合のことだから、特別な場合には総長の具申を俟たずにやるかも知れぬ、而も前例などに依らずにやるかも知れぬ、という文部省側の宣言がこの妥協案の意味ではないか。(特別な場合とは無論前例のない場合のことだ。)留任教授達がこの妥協案を見て留任する理由又は口実が見つかったと思ったのならば、余程のウスノロだと失礼ながら断言しなければならぬ。
一体、この妥協案で留任教授達は、どういう得をするか計算して見たのか。滝川教授が前例にならないことや総長の具申を必要とすることは、初めから当然なことで、何等事前よりも有利な条件ではないではないか。その代りに彼等は何を失ったか。滝川教授の他に、更に少くとも七教授、講師以下八名の多少とも滝川教授と同じに進歩的な分子を、損失に追加しただけではないか。
これで京大問題が解決すると思うのは、もし京大問題が滝川問題に代置されたものでないなら、よほどどうかしているだろう。これは滝川問題の解決ではなくて、正に滝川問題の論点自身を十数倍したもの以外の何物でもないではないか。
「滝川問題」から「京大問題」への論点の推移に従って、彼等の算盤のおき方が、多分段々変って来たようだ。否段々本当のおき方を露出して来たのかも知れない、滝川教授復職問題(又は少くとも同教授復職に代るだけの代償要求問題)は、いつの間にか、京大法学部存続問題になって了ったのではないか。「京大問題」はそうやって「滝川問題」とは別に、滝川問題をおし除けて登場したのではないか。滝川問題なら責任は文部省にあったのだが、今云った京大問題――京大存続問題――なら、責任は、あくまで辞職を主張する教授達にあることになる。文部省に対立する教授団の結束ではなくて、反対に、文部省に従う教授団切り崩しが、従って問題の解決[#「解決」に傍点]となるわけだ。一人でも残留することが、京大問題の解決だということになる。それが彼等の一身上の問題解決にもなるし、又それが恰も文部省の思う壺でもあったことは云うまでもない。「京大」問題が解決されてその代りに、「滝川」問題は解決されないままで吹き飛んで了う。文部省は滝川教授だけでもと思ったのに、佐々木、末川、恒藤、宮本(英雄)などの目障りな教授達を、思いがけることもなく一ペンで清算して了うことが出来たわけだ。禍を転じて福となすという、弁証法的故知は、正に今日の文部省のために用意されたもののようである。
新総長理学博士松井元興氏の抱負振りは、初めからどうも臭いと思っていた。正に氏の手腕によって、滝川問題は、立派に「京大問題」にすりかえられたのである。文部省の禍は文部省の福に転じたのである。小西前総長はこれをすりかえることが出来なかったばかりに、(氏の良心からか手腕の欠乏からか知らないが、)行き詰って了ったのであった。哲学者よりも科学者の方が、多くは政治的にうわ手ではないかとこの頃考える。とに角今後と雖も、「公平な」自然科学者には相当用心することが必要だ。
[#改段]
減刑運動の効果
一、反乱罪の効果
例の五・一五事件の軍部被告と民間被告とで、罪名を別にするしないという件で、軍部乃至軍検察当局と司法当局との対立が問題になったことを、私はかつて述べた。民間では人を殺した者は殺人罪にするに反して、軍部では殺人罪ではなくて反乱罪で処断するのは変ではないかというのであった。
併し之が別に何等対立を意味するものではないということは当時司法当局の声明によって一遍
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