さてそこで関東軍がこの宋哲元軍を徹底的に糺弾すべく対策を協議している最中、恰も頃を見計らって、宋哲元軍は、関東軍と国民中央政府とからの警告にも拘らず、満州官吏に対して突如発砲を敢えてしたものである。が、併しこの偶然事は、残念ながらこの××××をあまり面白く展開させるには到らなかった。関東軍の土肥原少将と中国側の秦徳純氏との間の誠意ある会見によって、一、宋哲元氏はチャハル省政府主席と第二十九軍長の職を退き、二、今後省内に於ける排日行為を再発させぬ保証を与え、三、熱河省境一帯地区の支那軍隊を他へ移動して同地域内には今後支那軍を駐兵させないこと等々の覚書を交換することになったからである。つまりチャハル省も亦、河北省と同様に緩衝地帯[#「緩衝地帯」に傍点]だということになったわけである。して見るとこの幕は第一幕のただの延長か繰り返しでしかなかったわけで、興味を有って期待していた不心得な人間達はやや失望したかも知れないが併しそれだけに、早く幕になったのは助かったというものである。――尤もその後、七月に這入ってからも、宋哲元軍は時々満州国へ不法越境しては中国側を恐縮させているのであるが。
チャハル問題が一段落ついたのは六月二十五日だった。処が一週間の休憩をおいて、七月二日になると、舞台は今度は上海に移って『新生』という中国の雑誌の不敬事件なるものが発生したのである。この雑誌に不敬な文章が載って発表されたというのであるが、××××××××××××××××××××××××、その文章の内容に就いては知り得ないし、又吾々庶民は知るべきでもないだろう。だがいずれにしても、中国が日本ブルジョアジーの商品である日貨を排撃したり、日本にとっては一種の外国でもなくはない満州の国境を侵したりするのは、日本人としてまだしも我慢するとして、遂には×××××××××不敬事件をまでも惹き起こすに到っては、もはや赦すべからざるものがあるのである。もし日本のブルジョアジーや日本の軍部の対支対策がまだ充分に×××××××××××ために、××××××××奉ったとすれば、恐懼の至りでなくてはならぬ。
軍部はだから、遠く満州事変や上海事変、又近く例の河北省問題やチャハル問題の、一貫した劇の筋書きの上から云っても、当然この問題の正面に立って働くだろう、と単純な吾々は考えたのである。処が意外にも外見上は必ずしもそうではないのだ。七月二日有吉大使は、外務省の回訓に基いて、唐外交次長と会見し、我が要求を明示して正式の抗議を通告した。その内容は先にも述べたような恐れ多い理由によって、必ずしも明らかではないが、併し問題は、この事件が北支問題とは多少異った特色を有っていることが明らかだという処に存する。
広田外相は五日の閣議に於て云っている、「今回の事件は先の北支停戦協定違反事件と異り、純然たる外交交渉案件である故、専ら外交当局をして折衝せしめている。従ってこの交渉に軍部が干与しているものの如く視るものがあれば、それは大きな誤解である」云々。林陸相自身も又之に相槌を打って「今度の問題は外相の云わるる通り、純然たる外交問題である故、軍部が直接積極の行動に出ずべきものではない。よって東京並びに出先の軍憲に対しても、この旨を厳に訓達しておいた、従って出先軍憲の意見が新聞等に表われていても、これは聞かれる故個人的意見を陳べたもので、軍部としての意見を代表したものではない」と云って他の閣僚の諒解を求めている。――なる程云われて見れば尤もで、今度の事件に限って珍しく外務省の係りであるらしい。それを他の閣僚までが軍部の仕事と思い違いしていたとすれば、対外折衝は軍部のやることだというような考えが閣僚自身の習慣になっている程に、外務省側の独立行動は珍しかったからに過ぎぬだろう。
併し之を軍部の仕事と思ったのは日本の迂濶な閣僚達だけではない。肝心な唐次長が、軍部の意向を聴取するために、南京へ帰京する予定を延ばして在上海の日本武官を訪問して歩いている。特に磯谷少将は蒋介石氏直参と称される張、陳、両氏との三時間に亘る会見に於て、支那の不心得を懇々と説いたと新聞は報道している。無論こう云っただけでは軍部がこの交渉に干与しているとも云えるしいないとも云えるわけだが、折衝の名義人は外務省でも、外務省の独立な折衝だと云えないことは明らかだ。軍部の監視の下に外務省が衝に当っていると云った方が正直な云い方なのである。
無論××××××××××事件であるから中国側に苦情のありようはない。中国側は、党部の名に於て、日本側の要求全部を容認することとなったのだが、之に対して例の磯谷少将は語っている。「今回の事件に関し中央党部はわが方の直接要求条項を逐次履行しつつあり、稍誠意の認むべきものがあると考えるが、軍としては、有吉
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