非常に腹が立つのだ。
ギャング狩りは云うまでもなく老若の不良少年の手入れである。この際不良少年の分析をして見たいのだが、時間が切迫しているので止めにする。(一九三五・五)
[#地から1字上げ](一九三五・六)
[#改段]
膨脹するわが日本
世間が一時北支問題に絶大な関心を寄せた理由は、よくよく考えて見ると結局、それが日本とどこかの国との戦争へ導きはしないかという惧れからだった。所謂現地にいるのでもなければ出先意識も持っていない処の普通一般の日本人は、北支那に於ける諸勢力の不埓な排日排満の動きを直接目にしているわけではないから、排日排満の方は余りピンと来るとは限らないので、それより直接心配になるのは国家総動員式な戦争なのである。何より貴重な日本人の生命が大量的に失われたりして、而も自分自身もその大量中のあるか無いかの一粒に化しはしないか、という心配なのである。之は云うまでもなく極めて下根な心配であるが、又ごく有態の心配であって、之が直接心配にならぬと云う人間は、余程の嘘つきだろう。そういう人物は万事信用のおけない人間で、公明正大な日本人の風上にも置けない人間だ。
尤もどうしても必要な場合には、国家のため命を捨てることは必要でもあるし道徳的なことでもあるが、併し国家自身が折角、そういうことにはなるべくならぬように、万事を犠牲にしてまで莫大な国防費を費しているのに、それが戦争になりましたでは、全く国家に対して申し訳のない話しだろう。世間の普通一般人が戦争を惧れるということの内には無意識の中に、そういう忠良な意味が含まれているのである。
だが幸にして北支問題は戦争へは導かなかった。よく考えて見ると、導く筈もなかったし、導き得るものでもなかったのである。中国中央軍と党部とが河北省を撤退するという中国側の最後の解答によって、日本軍部側の対支要求は都合全部容れられることになって、ここに河北省をめぐる限りの北支問題は一段落となったわけである。中国国民もそうだろうが、吾々日本人も(軍需工業家や戦争に特別な利益を感じる商売人は除いて)之で一まずホッとしたと云っていい。
アメリカやイギリスの一部の輿論には、この北支問題を目して北支独立に導く心算ではないかと憂えた向きもあったようだ。だがそういうことは云うまでもなく無意味なデマに過ぎない。一体そんなに容易に一つの国が独立出来るものと考えるのが間違いの元で、満州がなぜ独立出来たかと云えば、それは満州人種の「三千万民衆」の切々たる懇望に基いたからこそであった。処が北支那の民衆の切々たる懇望は何かというに、却って不埓にも排日排満の形を取って表面に現われたものだったのである。之では仮に独立国が出来ても、満州国対立のための独立国にはなっても、満州の友邦としての独立国になる筈はない。何のために日本がそんな独立国のために×××××××××。
日本軍部が目的とする処は、そんな独立運動などではなくて、単に全く日、満、支三国間の和平そのものにしか過ぎず、又その一部分としての北支一帯の和平に他ならぬ。つまり北支一帯に於て、一種の緩衝地区[#「緩衝地区」に傍点]とも云うべき安寧秩序の確保された地域が実現されることだけで満足するものに他ならない。満州国のこの方面の外廓には停戦地域[#「停戦地域」に傍点]なるものが設けられているが、その外廓に今度緩衝地区を設けようというわけである。そして夫が成功したのだ。この緩衝地区の更にその外廓が今度は何という名前のものになるかは、まだ判っていないが。
新聞によると、六月十一日、即ち河北省問題が一段落ついて直後、軍部の天津会議なるものが催され、そこで「将来の建設的方策」については何れ後から具体的方策を進めようということに決ったそうだが、この建設的方策ということが併し、どういうことだかまだハッキリとは判らない。最近では×××××と相談して北支進出を計画しているそうだから、案外そういうことが「建設」的方策のことだったかも知れない。
だがいずれにしても北支問題は一段落ついたので、之で安心だと思っていた処、翌日の六月十二日の北平からの通信によると、今度は問題は一転して察哈爾(チャハル)省に向ったというのである。河北省の悪玉であった于学忠が退いて安堵したばかりの処を、この于学忠よりももっと悪質な悪玉はチャハル省の宋哲元だということが判ったから、正直な国民はガッカリすると同時に、向ッ腹が立って、八ツ当りがしたくなるのであった。が冷静に考えて見るとこう上手に幕合いの長さを計って現われるような舞台は、よほど筋書きの通った劇に違いないということに気が付く。それに気付いた人は、そこで却って段々興味を覚え始めたかも知れない。どうせ戦争になる心配なしに幕は目出たし目出たしで下りるだろうから。
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