と私は考える。右翼運動に対する本当の本然的警察機能は別にある筈なのだが、それが今云った思想警察という洞窟に封じこめられて無力化されて了っているので、右翼団体はもはや本然的警察機能の対象以外に横たわるものとなって了っている。わずかに暴力団という、右翼団体の身代りが、この本然的警察権の槍玉にあげられたに過ぎない。之によって右翼そのものは益々警察から安全になるのだ。処で一体、本然的な警察機能が右翼団体に及び得ないものとすれば、果して一切の暴力行為に対する警察の社会的機能に於て完璧を期待し得るかどうか之が何より大切な疑問の要点なのである。
 世間の一部の人は、今度のギャング狩りを目して、何だ今更わざとらしく、と云うかも知れない。それは無意味に皮肉な批評という他はないが、併しいつでも出来る筈のことを偶々最近気が向いたから始めたというような印象は確かに消し難い。今にしておそきを憾むのであって、やったことが悪いというのでは重々ないが、今更らしく鳴物入りであるのがチグハグな気持ちを与えるのは事実だ。それがというのも、大体検挙の対象が常習犯的存在で、或る意味では警察が半ば知っていて時宜的に手心をしていた対象だと考えられるからである。云って見れば社会で培養したバチルスなのだ。こういう人工培養による細菌を処理することは全く容易なことだろう。警視庁はこの容易な点にだけ手を染めるのではないか、というのが世間の感じなのである。
 つかまるものは尤もらしい小物ばかりで大物は結局物にならず又物にしないのだろう、というような懸念も、全くここから来る。尤も之は総監が極力国民に向って誓っている通り、決して当局の肚ではない。吾々はあくまで徹底的に暴力団をやっつけるという当局の声明を信じることが出来る。もしそうでなければ、今にアメリカのようにギャングが発達して組織を有つようにさえなるだろうからだ。処で併し、吾々が信用している範囲は、当局が徹底的に「暴力団」をやっつけるということであって、それ以上に及ぶものではないのであるが、というのは、多少とも暴力を常習又は渡世とする団体乃至個人を弾圧するということであって、或る団体が臨時に連続的に暴力化したり、ある個人が或る団体を背景として暴力を振ったりすることは、この「暴力団検挙」とはあまり関係のない問題なのである。即ちこの暴力団検挙は決して社会に於ける暴力行為の取締りという社会の不可欠有用な警察機能の全部を占めるものではないのである。暴力を商売にする暴力団は之で弾圧されるだろう、だが暴力を職責とする暴力団はその弾圧など思いもよるまい。そして困ったことには暴力を職責とする暴力団は、この社会では一向暴力団というものの内に数えられていないことだ。それ程吾々の社会は幼稚なのだと見える。
 だが暴力を職責とする暴力団が警察権の対象になりにくいことには深い理由がある、ということを無論見遁してはならぬ。この社会で何かの職責を掲げるためには、その職責は結局之を国家権力から導来し、国家権威を勧請したものでなくてはならぬ。だから暴力を職責とする各種の暴力団は、終局に於て国家権力の私的複製であって、そこに事実上社会的な権威があるのである。こうしてその暴力は国家的に従って又社会的に権利を与えられ承認を与えられる。各種の半合法的暴力はここから続々として生まれ出る。これには同じく国家権力の複製たる警察権力も、無下に手はつけられないだろう。それよりも警察権力自身が又、この半合法的暴力を援用した方が途は平坦だというものであろう。裸体にして焼火箸や煙草の火をつけたり、逆さまに天井から吊下げたりすること(五月三日付東京朝日新聞二頁)は、必ずしも所謂暴力団ばかりがやることではないのである。
 でこういう風に考えて行くと、今度の暴力団検挙にも、明らかに一定の社会的な限界があるということが見当づけられると思う。之は別に、検察当局が外部のどこかから牽制されるというような原因に基くのではなくて、検察当局の国家的従って又社会的な権力半径の本性から来る制限なのである。一般に非合法乃至半合法の個人的団体的又公的でさえある暴力(単に物理的暴力に限らず結局に於て物理的暴力を指向する言論上の暴力をも含めて)を取り締ることは、苟くも警察の本然の機能が社会人の日常生活の保護にある以上、最も代表的な警察機能でなくてはならぬ筈なのだが、それがこの社会では一定の行動半径の外へは決して出ないのである。この社会に於て本然的警察機能はこの通り決して無条件に発揚され得ないのだが、一方社会人の日常生活の保護には、殆んど何等の関係もない思想警察の方は、殆んど無限の権力半径を許されているのである。こういう重大な比較を抜きにして、左翼弾圧とギャング狩りとを天秤にかけようとする社会人がないでもないのを見ると、私は
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