史小説に道を拓こうとしているらしい。
立正を馘になった三枝博音氏をこの辺で※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]入しておかなくてはならぬ。しかし余白がないから別の機会に譲ろう。今は日本思想史の究積中だということだ。
法政を馘になったので有名なのに、他に三木清氏がいる。氏に就いては世間はよく知っているから言わない。復職する筈であった処、法政騒動の結果、氏自身の見透しを裏切って復職不可能の現状にあるようだ。――私自身も、騒動で半分やめ、後の半分は右翼新聞の注文で大学当局が無理にやめさせたのだが、併し健在なること、如是。(なお高商其他で追放された左翼教授は数知れずあるが、一々知らない。併し大体からいって、思想問題というのは大体口実で、その背後には必ず勢力争いがひそんでいることは記憶されねばならぬ。云うまでもなく学校当局さえしっかりしていたら、左翼教授は決して馘にはならぬものだ。)(一九三五・四)
[#地から1字上げ](一九三五・五)
[#改段]
ギャング狩り
五月二日以来、小栗警視総監は、内務省、全国警察部、司法省らと連絡を取って、各種の暴力団乃至暴力団類似の常習者の検挙に着手し、すぐに二千五百名以上の検挙を見せている。一般国民は甚だしく之に感謝の意を表し、銘々夫々の立場から之を援助することを惜んでいない。都下の各新聞は検挙の模様を毎日克明に報道することによって、国民と検察当局とへ刺※[#「卓+戈」、213−上−7]を与えていることに興味を有っているように見える。この企ては必ずしも警視庁としては珍しくないのだが、今回のような大規模で組織的なのは多分今まで見られなかった処だろう。警視庁が自発的にやったことで、之ほど評判のよいものを之まで見たことがない。
但し世間で一等心配になるのは、検挙されたり起訴されたりするだろうこれ等暴力団が後日釈放された暁に仇をしはしないか、ということだから、この検挙は半永久的に続くのでなければ何にもならぬ。今後の代々の総監の手腕を評価するバロメータが、暴力団検挙の成績如何にあることにでもなるのでなければ、暴力団は決して影をひそめるようにはなるまい。そうしない限りこの企ては決して成功しないだろう。
だが一体、警視庁のこの企てのどの点がかくも世間を喜ばせているのか。それはこの種の犯罪が、一般の世間人から見て、紛れもなく実証的な現実味を有っていると見えるからなのだ。と云うのは、例えば共産党というようなものが恐るべきだとか何とか云っても、日本ではまだ殆んど一人も、本当に共産党員のために苦しめられた人間はいないらしく、共産党の害悪に就いては、よ程熱心に話をきき不審を克服しない限り飲み込めないものがあるのであり、その意味では之は云わば全く仮空の人気の悪さに帰着するという他ないのであるが、之に反してギャングの害悪になると、社会の少なからぬメンバーが事実上身にしみて直接それを経験しているのである。この他人からワザワザ教えられなくても実証的に現実さを伴って自分に判る処の害悪のこの本拠を警視庁が衝いて呉れたのだから、世間では初めて警察の有難みを身辺に感じ始めたと云ってるようなわけなのである。
尤も、暴力団から大きくユスられたり何かするのは、例えばデパートや保険会社だそうであり、従って結局資本家のポケットがいためつけられるだけだから、世間一般にとっては大した有難みではないという者もいるかも知れないが、併しギャングの行動乃至その行動の対象には色々あるわけで、大きな会社には外来の暴力団にそなえるための一種の責任ある暴力団が組織されている処もあるから、それだけ却って暴力団の暴力団らしい言動は、孤立した弱い個人や、所謂弱い商売などという対象に向けられることになる。普段は社会的に弱い地位におかれた個人や所謂弱い商売(接客業其他)に強く当っている警察が今度は同じことをやる暴力団と正反対の立場に廻ったのだから、之は何と云っても推賞しなければならぬ企てなのだ。
都下の或る小新聞の報道する処によると、今度のギャング狩りには初めから大新聞との連絡がついていたのであって、各種の微小新聞をいためつけることによって、大新聞のファッショ化(?)を招来しようという新聞営業戦術と結びついている、というのである。その証拠には大新聞の内からは殆んど一人も怪我人を出していないではないかというのである。こう云っている新聞自身は、その社長が「怪我人」として出ているらしいから、この推察の真偽の程は判らないが、仮に之が本当だとしても、こういう観点から今回の企ての価値を割引きすることは筋が通るまい。大新聞の利益になろうがなるまいが、各種のゴロツキ新聞は総ざらえにすべきものではないのか。
今回の警察権力の発動に就いて世間
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