そこを覘ったものと見える。
併し問題は、そうまでして浮身をやつしてまで入学志望者を募集しなければならない女学校又は他の諸学校の存在である。というのはもし入学志願者がいつも定員へ満たないようだと、学級の整理と教員の整理とは必然の結果なのである。その結果は又、その学校の社会的な資格が段々落ちて行くことだ。校長にして見れば、ジットしたままでいて、自然と左遷されていることになる。こうなるとだから入学志願者が学校を造るのではなく、学校が入学志願者を製造しなければならぬ。東京などの私立営業の学校にはこうした場合が極めて多いので、別に女学校に限らず又中等学校に限らない。客引きがなければ宿屋の主人も番頭も食えなくなる。偶々女学校だから女の先生をマネキンに使った迄であった、そして女のマネキンは綺麗なのが当り前だ。
思うに入学志願者の少ないこの女学校の校長は、入学志願者の多過ぎる学校の校長よりも、遙かに教育の名に於て苦悩していることだろう。他の校長達は自分の学校の入学志願者が多すぎることを喜び又誇りとしているだろう。之は鉄道省の役人が、いつも満員で乗客がウンウン云いながら詰め込まれている列車を見て満足するようなものだ。私が友人ならば、例の女学校の校長よりも、こうした名誉ある校長を排斥する心算である。
少くとも中等学校の数は、中等学校入学志願者の数を根拠として、与えられなくてはならない。と云うのは、入学志願者の大抵のものが無条件に入学出来るだけの中等学校数を用意するのが、一応当然なのである。況して今日の中等学校では一般人間として受けるべき程度の教育さえ授けられていないだろうから、殆んど凡ての入学志願者を入学させるということは無条件に必要なことだ。その意味で中等学校の実質は一種の義務教育だと考えていい。――処で義務教育ならば、単に自発的に入学を志願するものだけを受動的に収容するだけではいけないので、進んで入学志願者を開拓しなければならない筈である。(こういう点から云っても女の先生にお化粧させた例の校長の方が結果から云って良心的かも知れぬ。)併しそうすると、資産や学資の如何に関係なく、一切の社会層から入学志願者を開拓するのが理の当然となるだろう。それでは財政上の豫算が許さないし、又学校商売としても成り立たなくなる。そこで一等都合のよい入学志願者制限法即ち又学校制限法は、或る一定社会層以上に志願者を限定するように、万端施設することである。曰く相当高い授業料、就職の禁止、昼間学校の建前等々。
でこうなると、入学志願者と中等学校数とを均衡にせよと云って見た処で、その入学志願者数そのものに一向社会的な公正さがないのだから、無用な心配と云わざるを得ない。入学志願者が不足だということも、実は予め入学志願者を社会的に制限した上でのことで、入学志願者が多過ぎるということも亦単に、こうした入学志願者の社会的制限にも拘らずなお或る学校の受験者だけを取れば数が多すぎる、というに他ならない。事実上は、入学志願者総数と、入学し得べき中等学校数とは、それほど不つり合いではないらしく、単に受験生が或る特定の学校に偏在するに過ぎないのだから、社会の階級的施設としては、今日中等学校の数は却って理想的だと云ってもいいかも知れない。
だが丁度普通選挙の理想のような普通入学(一般入学)ではなくて、(階級的な)制限入学なのだから、すでにそれだけ普通[#「普通」に傍点]教育=義務[#「義務」に傍点]教育の目標からははずれているわけだ。そうすれば、どうせはずれているならば、普通[#「普通」に傍点]教育の代りに秀才[#「秀才」に傍点]教育か何かを主義にした方が、教育の理想から云って合理的ではないだろうか。所謂中産階級層以上の子供を一様に教育する代りに、その内での相当の秀才だけを選抜[#「選抜」に傍点]して教育した方が、ブルジョア社会の幹部候補生養成としてもズット合理的な筈である。中産階級層以上の家庭なり子供自身なりが進んで中等教育を受けさせよう受けようというのを拒むことは正しくない、というなら、無産者がその子供にせめて形式的な中等教育(内容には随分歪曲された社会知識を注入するがそれは大人になれば訂正される)を受けさせようという気持になることを拒むことは、正しいことか。ブルジョア的有力者の馬鹿息子が中等以上の教育を受け得ないのは世道人心を害するとでも云うのであろうか。
さてこうなって来ると私は、一般に云えば寧ろ入学試験の讃美者とならねばならぬ。単に学校の収容人員に対して相対的に入学を制限するばかりではなく、寧ろ子供や生徒の知能の絶対的な一定標準に従って、入学を制限した方がよいとさえ考える。ブルジョア層や小市民層出身の出来ない生徒を相手にしたことのある教師は、これだけの数の生徒を無産者大衆か
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