ら選抜したらば、どれだけ社会的に経済的だろうと、思わないものはないだろう。――だから悪いのは、入学試験そのものではなくて、一定の階級的入学志望制限統制を社会的に施しておいた上で自由競争的な入学試験をやることから生じる色々の結果にあるのである。と云うのは例えば、社会的に入学志望を制限するから、人類全般の知能素質から見て大した教育上の効果を期待出来ないような入学志願者がそれだけ割合を多くするので、入学志願者の間の知能の開きが大きくなり、之が自由競争をする結果「良い」学校と「悪い」学校とが出来て、入学志願者が多過ぎて困る学校と少な過ぎて困る学校との分裂が始まるのだ。少し考えて見ると、これが今日の入学試験地獄の根本的な遠因であることが判る。
「良い」学校というのは世間で往々考えるように教師と施設とが良い学校を云うのではない。男の子ならば、上の良い学校(又しても良い学校)へ余計入学出来るような学校のことを指すので、それが原因ともなり結果ともなって、沢山の入学志願者と高度の入学試験落第率とを有つ学校が良い学校なのだ。その他に学校の優良さの終局の意義はないのだから、良い学校と悪い学校との対立が一旦始まったが最後、良い学校は或る程度まで益々良くなり、即ち志願者が集中し、悪い学校は或る程度まで益々悪くなる、即ち志願者が減って行く、というのが原則になるのである。之は大きく云えばこのブルジョア社会の自然法則だから、家庭や子供に向って、虚栄心を捨てろ、自分の個性に応じた(?)学校を選べ、皆んなの行く処へ流行を模倣するように集って行ってはいけない、等々と世間の教育僧侶達がどんなにお説教しても、少しも効き目のないのは当り前である。誰が一体、見す見す損をすべく、「悪い」学校を選ぶ者があるだろうか。
つまり今日の中等学校は、相当優秀な子供を収容するにはあまりに数が多すぎる[#「多すぎる」に傍点]ために、或いは相当優秀な子供の数が中等学校の数の割にあまりに少ない[#「少ない」に傍点]ために、良い学校と悪い学校との対立の余地が生じているわけで、もし仮に無産大衆の圧倒的な多数の内から之だけの数の子供を選ぶと空想するならば、悪い学校を実現するだろう素質の劣った今日のブルジョアや小市民の子供などは、初めから問題になれないから、入学志願者の偏在などは、起き得ないだろう。つまり鈍才でも資本主義的市民権を有っている子弟だというので、社会が教育を志すことから入学難が生じるのである。――教育から階級的意味が消え失せる時には、所謂秀才教育からもその弊害が消え失せるだろう。今日の入学志願者の偏在は金や資本の偏在のようなもので、大きく云えば資本制自由社会の必然的な一結果だとも云えるのである。
尤も特に女の児の場合などになると之にもっと複雑な事情が加わる。と云うのは良い学校という意味にもう少し複雑なものが加わるのである。今日の処、女学校は普通、嫁入り仕度の一つに数えられているのは否定出来ないようだ。中産階級層以上の教育ある男の妻となるには、その知識はとも角として(女学校の授ける知識は大して社会的通用性から云って問題にならぬ)、その趣味やイデオロギーから云うと、どうしても少くとも女学校卒業者でなくてはならぬ。処が、男の方は少くとも先頃までは、主に頭の能力によって出世も出来世渡りも出来就職も出来ると想定されていたが(実は必ずしもそうではなかったのだし又益々そうでなくなりつつあるのだが)、女の方の出世であり世渡りであり又就職である、嫁入りは、今の処何と云っても、当人の知能的能力ばかりでなく容色や品や乃至は実家の資産や地位によって決定される部分が多い。そこで、自然と良家の娘が集まる学校が、結婚率が高くて結婚年度が低い学校となり、女学校を嫁入り仕度に数えている家庭にとっては、そうした学校が良い学校となる。知能上の素質の高い学校に這入れなくても、良家の子女の通う学校ならば、見栄から云っても女らしい野心から云っても満足だということにもなるのである。だがそうは云っても、同じ嫁を貰うならば頭のいい方がいいに決っている。処が女は女学校以上の学校に進む者が男程多くないのであって、仮に素質が善くて学資に不自由しなくても社会的な又家庭的な惰性で、上の学校を望まない者が多いのだから、この社会では女の頭の良し悪しを間接にテストする標準が甚だ不足なのだ。それだけ女学校の成績というものが見合の一部分となるのだが、それは結局女学校出身の出来る出来ないの評判に帰着するのが現状のようだ。そうなるとやはり入学試験落第率の高い出来る女学校が嫁入り仕度としても概して良いわけになる。無論そういう「出来る」女学校も嫁入り資格を閑却する筈はない。出来るだけ良家の子女の内から優良児を選ぼうと考える。
こうして一般に女学校では、入学志
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