る限り、そして態度が「同情」である限り、そうなるのも已むを得ないことだ。
内務省は国立栄養研究所の原徹一博士を東北地方に派して、冷害地の栄養調査を行わせた。之は「冷害対策行動」の内で、可なり意味のある行動の一つに数えていいだろうと思う。その調査結果によると、明年の四五月頃が一等農民の弱い目が現われて来る危険期だろうというのだ。処で原博士の所感だが、「貧農の救済は一刻も躊躇はならぬ、しかし、僕の痛感したのは中農の悲惨な実状である。かれ等は平素相当な生活をしていたため、現在ではその所有品を売払ひ、その上、働いても食がない、こうした中農の救済についても当局は大いに考慮してやってもらいたい、」云々(東日十一月七日付)。之で見ると政府は、専ら貧農を救済していることになるが、私は今迄政府が救済するのは、中農小地主以上だとばかり信じていた。だが、博士はここで科学者として語っているのではなくて、一個の例の「同情」者として話しているのだから、あまり信用する義務はあるまい。ここでも結論は「同情」に帰着しているからだ。
東北の冷害という「自然現象」に対する渦巻く同情の嵐を他処にして、社会現象[#「社会現象」に傍点]としては、同地方の小作争議は年末と寒さに向って刻々に深刻化して行っている。今年は一月から九月迄の間に全国に四千の小作争議が発生したが、前年よりも五百件多い割になっている。その内小作人側から小作継続を要求するものが実に六十二パーセントを占めているというのだ。青森県などでは各町村に小作争議防止委員会を組織せしめ、相不変、町村長・警察署長・農会技師を始めとして、地主代表と小作人代表とを夫々一名ずつ会商せしめることにしているそうだ。農村陳情団は到る処、国元の駅頭で阻止されているとも聞いている。窮乏農村には「自治返上」の叫びをさえ挙げている処があるそうである。でこう見ると、東北地方の問題は、どうも矢張自然現象ではなくて、従って「同情」の対象としてはやや不向きで、遺憾ながら一個の社会現象だということになる。
社会現象とあれば、東北の冷害は、独り米穀問題ばかりでなく、偉大な軍事予算の問題や、対軍縮会議兵力量の問題などと切り離しては意味がない筈で、そこまで行くと、問題は愈々「同情」や何かでは×××せなくなるのである。東北地方の救済と、軍事予算との、数量上の連関を、ハッキリと私に教えて呉れる人はいないか。(一九三四・一一)
[#地から1字上げ](一九三四・一二)
[#改段]
試験地獄礼讃
田舎の或る女学校に勤めていた私の友人が、遂々校長と喧嘩をして追い出された。同僚の先頭に立って、校長排斥をやった処、校長はイッカな動こうとしなかったので、社会的な質量の軽い方の彼が、反作用によって追い出されて了ったのである。校長排斥の理由は彼によると数え切れない程あるのであって、どれ一つとして現在の公立中等学校、中でも女学校の校長という地位を特徴的に物語っていないものはないのであり、どれも必ずしもこの校長の人格だけに固有な特徴として非難されるべきものはないのだが、その内に一つ、次のような笑って済ませない理由が含まれていた。
県当局に対して万事ぬかりのないこの校長は、実は同時に仲々卓越した人間通だという結論になる。彼は部下の若い女教諭に命じて、卒業間近かの小学校の女生徒の家を訪問させて、自分の女学校へ入学することを勧誘させたのである。尤も近所には通えるような学校はあまり無いのだから、他の女学校へ行かずに自分の女学校へ来い、と云って勧誘するのではなく、娘さんをとに角女学校というものにお入れなさい、と云って勧めるのである。別に秀才や天才児の家庭を選んで勧めて歩くのではなく、四年間か五年間通学させるだけの学費の出せる家庭でさえあればいいのだから、その内には低能で始末の悪いのもいるだろう。それを承知で勧誘する以上は、入学させてから矢鱈に落第させたり何かは出来ない。でつまり落第はさせない、四年なら四年で卒業させる、という請負をして歩かせるわけである。それはまあいいとして、友人が一等憤慨したのは、校長がこの女教諭に対して、特にお白粉を塗って行くように注意したという点なのだ。
敏感な友人のことだから、この注意を何か特別に売笑的なものと感じて憤慨したのだろうが、併しこの程度の売笑性ならば寧ろ社交性や服飾道徳にさえ数えられるべきもので、美人であることは夫だけとして見れば秀才であることと同じ自然的素質なのだから、秀才にあやかるために、又は益々秀才振りを発揮するために勉強するのが良いことであるように、お化粧をすることは良いことなのだ。娘の両親でもお祖父さんでもお祖母さんでも、綺麗な先生に勧誘されれば、あまり綺麗でない先生に勧められるよりも、気が進むのは自然である。校長の奇知は
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