は、云わばこの有難い恩に狎れるというものだろう。さっき挙げた例の提案は、どれも之も御題目のように抽象的だし而も陸相自身がムキになって釈明する処によると別に之を強制する意志を表わしたものでもないそうだし、それに仮に実行するにしても、実業家、政治家、地主諸君に夫々手分けをしてやって貰うというのだから、軍部が政治に干与するとかしないとかいう、そんな形式論に拘泥するものはあるまい。――この軍部の恩恵に向って腹を立てたり騒いだりするのは諸君の勝手で、又その憤慨が取り持つ縁となって、国同と民政とが一緒になるのも或いは又民政と政友とが挙国一致単一政党を組織することになったにしても、それも亦諸君の勝手で、序でに政党政治[#「政党政治」に傍点]のために祝辞を述べておいても構わないのだが、併しあくまで忘れて貰っては困ることは、それが諸君にどんなに気に入らなくても、軍部の云っていることは諸君の云いたいことと全く同一のことだという点なのである。
なる程軍部はブルジョアジーや地主や政党政治家よりも、もう少し上手なものの云い方を心得ているという差異はある。例えば、軍需工業労働者に対しては、軍部は「勤労恩賞法」というスローガンで後援している。(勤労心という語はさっきも出て来た。)それから軍事関係の風水害罹災者には軍部は特別な便宜を計ることにもしたそうだ。特に農村[#「農村」に傍点]に対しては(農民に対してはとに角)、なるべく面倒を見るような方法を考えようとしているのが、軍部の態度だ。だから例えば、全国の農民団体(?)はこの頃軍部の後援を得て「飯米差押一カ年禁止」をスローガンとする運動を始めたがっているそうでその代償としてかどうか知らないが、国防予算の削減には大不賛成だと云っているそうだ。(東京日日新聞はワザワザ之を報道して呉れている。)正に軍部の注文通りの筋書きに出来ているが、天下の実業家・政治家・又特に大中小地主諸氏も、もう少し軍部の様な考え方を習い覚えることが一身上の利益ではないかと思う。軍部とブルジョアジーとの対立(?)、その小さな一例は在満機構改組をめぐる軍司令部と関東庁との対立などだが、こうした内部的[#「内部的」に傍点]な対立などは、それから後でユックリ考えても充分間に合うのである。
二、復興と同情
関西風水害の対策、復興方針は、云うまでもなく各方面で講じられている。何しろ大きな学校が潰れたり、急行列車が吹き飛ばされたり、有名な五重之塔が消えて無くなったり、汽船が街頭へ出て来たり、数知れぬ人命が奪われたりしたのだから、どんなに社会現象に無関心な世間の人でも、多少のショックを受けるのは当然だろう。一切の現下の社会問題は今や、この一個の突発的な自然現象(?)によってスッカリ蔽われて了いそうだ。現に都下の婦人団体の御婦人方は、他のことには一向無関心なのにも拘らず、こういう刺※[#「卓+戈」、187−下−22]的な事件に対しては極度に涙もろくなっている。シニズムとセンチメンタリズムとはお隣り同志だということがこういう場合に最もよく判るが、併しとに角活動しないよりはした方がいいことは事実である。市電の臨時雇車掌として活動して喜んでいる小商人達よりは大いに結構である。
私は何も折角の婦人団体の活動にケチをつけようというのでは決してない。実は寧ろその反対なのである。だがまず所謂復興[#「復興」に傍点]なるものがどういうものかに気をつけなければならないようだ。文芸復興とか宗教復興とかいうものが世間では盛んだが、復興というものは往々油断のならない代物だからである。
一体風水害からの「復興」はどこへ向っているか。総括して了えば夫は金融問題[#「金融問題」に傍点]に帰着するのである。と云う意味は、まず第一に大蔵省と日本銀行とが復興のため中小商工業者への低利資金融に就いて、意見の一致を見たと伝えられる。それから近畿商工会議所連合会の席上では、大蔵省当局者に向って、二千万円程政府が責任補償する一万円以上の復興資金の予算を要求している。尤も商工省当局の意見では、予算によるよりも預金部の融資に俟ちたいというので、商工会議所の資本家達も之を諒としたそうだが、同時に特に大阪商工会議所では、大阪府市の中小商工業者への貸付増加に積極的に乗り出すことに決定したし、大阪府当局では中小商工業復興資金という新制度を造って、府が半額補償することにして六百万円を罹災者に貸しつけることにした。この際参考までに挙げておきたいが、金融はその本質から云って担保の要るのが当然で、担保があれば一口五千円以内、もし無担保ならば一口一千円以下というのである。年七分五厘三カ年償還。岡山県会は該地方融資銀行に五割迄の損失補償を奮発することによって貸付けを行わせることにしたという。例はまだまだいく
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