谷大使館参事官は現地案を携えて上京、外務当局や陸軍省と折衝しているが、大体外務省案付近に落ちつくのではないかと見られているようである。
 こう見て来ると満州帝国位いムツかしい国はない。読者は多分、満州をどうやって統治するかという問題で皆が提案に苦心しているのだとウッカリ考えるかも知れない。だが無論それは途方もない心得違いなのである。外国ではどういうわけかあまり同意を表せず、偶々サルバドールという国のあることが判ってそれが賛成した程度だが、併し満州は現に歴然たる独立国で、而も大事なことには、神聖な帝国だということを、何遍も云うが、忘れてはならぬ。この独立国を如何に統治(?)するかという問題だから、問題は不思議にムツかしくなるのである。ウッカリ羽目をはずすといつの間にか[#「いつの間にか」は底本では「いつ間にか」]植民地のように考えられて総督などを置きたくなるし、思い返して独立国並みに大使を置かなくてはならぬとも考えて見る。××を出さずに満州国を正当に認識するということは決して容易《やさ》しいことではない。
 実は併し、問題を解決する一つの原則が初めからあったのである。大日本帝国が満州帝国に期待するものは、「友邦」としての友誼なのである。と云うのは、満州の軍事上の絶大な価値だったのである。有利な予想戦場として、又戦時資源として、満州は戦略上の宝庫だということは誰知らぬものもない。処で、そこからこの三位一体の三体問題解決の特有な困難が生じて来る。なぜと云うに、まず第一に何よりも軍事上の宝庫だということが先であって、その植民地的な価値や外交対象としての価値は二の次であり、植民地や市場、資本投下地、其他のものとしてよりも、軍事的地盤としての資格が絶大なのだから、外務省や拓務省腹案に較べて、陸軍省の理想案が最も正直な所であって、関東軍司令部を以て最后の在満統一機関とする理想が、他の見地から見て幾多の政治的外交的経済的困難があるにも拘らず、軍事的に云えば最も当然な建前なのである。特にわざわざ戦時的な軍司令部を選んで之を「平時化」し「平常化」す必要のある所以が之だ。外務省案乃至恐らくは現地案は、この軍事上の裸体の要求に、政治的な被服を被せたものに過ぎない。
 だが、戦時的な軍令部をなぜ一般に平時化す必要があるのか。軍事上の必要から云えば戦時的な形態で良さそうなものを、なぜ今更之を平時化さなくてはならないか[#「ならないか」は底本では「らないか」]。併し「軍事上」必要になる独特の「政治」というものもあるのだ、戦時的なものだけで軍事的なものは満足出来ない。丁度軍人が独特な[#「独特な」に傍点]「政治」を欲するように。軍事上の必要というのはただの戦争のための戦争から生じるのではなく(単に好戦的な戦争青年[#「戦争青年」に傍点]は論外)、チャンと外に一定の目的が、税関戦・対内外思想戦・賃銀戦・対逓減利潤戦・対恐慌戦・等々が伏在するのだが、この必要を充たすにもすでに、出来合いの資本制を採用する他はないのである。資本家には一指も触れさせない筈であった満州にも、この頃盛んに資本投下が奨励される。関東軍司令部の特務部[#「特務部」に傍点]ではもはや満州の「発達」が手におえなくなる、満州が発達[#「発達」に傍点]するに従って、特務部の厖大な参謀組織は無用有害にさえなる。特務部長は軍人では駄目で文官でなくては困るということにもなる。本年五月に於ける関東軍司令部編制改革がこの現われなのだ。現にその際松本前商相が特務部長に就任を懇請されたとも伝えられている。
 こうして軍事上の必要は資本制上の必要に自然的に又必然的に移行する。こうして初めて満州国は「発展」する。実に関東軍司令官はこの満州国発展のための前衛司令官だったわけで、それが漸次満州国発展本隊に部署を譲って戦機を熟させて行くのである。関東軍司令部が「平時化」し「平常化」さねばならぬということは、この関係を物語っているのである。外務省や拓務省だからホンの相の手で、三位一体制の改組案として、軍部案の権威のある所以だ。――三度云うのだが、満州国の出来[#「出来」に傍点]上ったのは軍部のおかげであった。満州国の発展[#「発展」に傍点]もだから軍司令部に俟たねばならぬ。これが他でもない、二十世紀に発見された新しい政治形態の、又新しい政治コースの本筋なのである。

   二、警察後援会

 東京市でやっている労働者職業紹介所(十三カ所)に失業登録されている労働者は二万三千人である。登録労働者は丁度官吏や公吏と同じに公然と登録されているのだからもはや決してルンペンなどではない、実は立派な職業所有者で失業者の内には数えられない。だが今日では、職業があるか無いかも問題だが、食えるか食えないかは職業のこの有無とは無関係な別な問題な
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