っているわけではないが、国民一人当り一銭の寄付をさせて軍艦旗を調製して海軍に献納しようという寄付行為などになると、もはや話は別になる。東京日日新聞はこうやって二百五十万人から五万円余りの軍艦旗調製資金を集めた。
この寄付行為は軍艦旗や五万円という金に意味があるのではなくて、二百五十万人という人数に意味があるのでこれは云うまでもなく東日の読者数と広告欄の単価とに関係があるのである。それは新聞社自身が確信していることだから、今更説明する迄もないだろう。(以下十一行削除)
三、仏教大会
七月十七日から六日間に亘って東京築地本願寺で開かれる第二回汎太平洋仏教青年大会に対して、満州国代表が出席するというので支那は代表者を送らないと云っている。全支仏教団体を総括する「中国仏教会は中国と満州国とを同列に招待するのは中国を公然と侮辱するものなれば大会を否定すべし」という決議をし、併せて支那首席代表が主唱する「仏教参観団」までも否認することにしたという情報である。主催者側の日本では、個人の資格でもいいから中国の出席を希望するという大国の襟度を示しているが、支那がどう出るかまだ判らないらしい。
大会の準備会の好村主事はそこで語っている、「大会の目的は政治的葛藤などは超越して太平洋沿岸諸国が精神的に融合しようという崇高な処にあるのです、この精神を無視して、中華民国が満州国代表の参加を政治問題化して遂に不参加を決議したのは実に遺憾です、」云々。宗教は全く政治問題ではないから、政治問題などと関係なく、崇高に談合しようではないか、という論拠と見える、それも良いかも知れない。
処が今度出席すべく日本へ来る筈になっているインド代表は、この大会を利用して「仏教徒よ立て! ブダガヤの聖地を奪還せよ!」という甚だ宗教的に穏当ならぬ政治的スローガンをかかげて、大会出席の太平洋沿岸の諸国代表に訴えるという申し入れがある。日本の大会本部ではこれに対して出来るだけ便宜を計ろうということだそうだ。何でも、このブダガヤというのは釈尊が悟りを開いた土地なのに、今ではヒンヅー教徒の占める処となって、一人の仏教徒の影もないのだそうである。仏教徒がインド教徒に対するこの対抗が少くとも宗教的対抗であることは云うまでもないが、併しなぜそれが同時に政治的でないかが私には判らない。
宗教運動でも運動である以上は政治にぞくするだろうが、そうすれば「政治問題」と宗教問題とを全く別だと考えることは随分怪しげな論拠となるだろう。カイゼルのものはカイゼルに返せというなら(以下十六字削除)汎太平洋仏教青年大会は日本に返せと、支那側は主張出来るわけではないか。又日本にして見れば丁度極東オリンピック大会をつぶしてアジア大会を組織したように、支那の仏教は支那に返して、支那抜きのアジア仏教大会と云ったようなものでも造れば、余計な下手な文句はいらないではないか。
精神上の宗教が超政治的なのなら、肉体上のスポーツも同様に超政治的な筈ではなかったか。肉体上の問題では是非とも満州を参加させろ、そうでなければ大会を脱退するぞと強引に出た日本が、精神上の問題になると、是非とも満州を除外しろ、そうしないと大会に出ないぞ、という支那側の強引に心外がるのは少し辻褄が合わないだろう。尤も之で見ると、日本の坊さん達の興味を有っているのは、矢張支那の坊さん達と同様に、仏教でも宗教でもなくて、本当は日本とか支那とか満州とかだ、という結論にならざるを得ないと思うが、この点宗教家の特別な論理で行くとどういうことになるのか。
新聞が伝える処によると、日本が日本独特の精神によって完成された大乗仏教を提げて迷える世界人類の救済に乗り出すべく、国際仏教会というものが今度仏教、国史、などに関係ある日本の名士達によって設けられたそうである。日本的仏教文化を以て、文化的な或いは寧ろ宗教的な世界征服を企てることは、大い道徳的で且つ勇ましいことだが、夫が少しも政治的な世界征服に関係がないのかというと、どうもそうばかりは今日の常識では考えられない。ドイツのナチスはドイツ人が最も純粋なゲルマン文化を世界に弘布すべき文化的使命を持っているという、一つの政治哲学を以て最も政治的と云っていいような政治をやっているし、日本精神の宣揚という文化スローガンも実は同時に日本の政治哲学であって今日の日本の国際的国内的な政治行動の原則になっている。日本がアジアの盟主となり広田外交の理想であるアジア・モンロー主義を唱えるための、精神的乃至文化的根拠としては、仏教精神が初めて日本で完成されたというこの主張位い有効なものはないではないか。仏教が超政治的などというのは全く仏教に対して勿体ない話しであって、日本の僧侶や僧侶主義者は、もっともっと政治的自信を有っていい
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