山文部省と後藤農林省との比重関係は相当ハッキリしている。で鳩山式の学制改革的教育観の方が、後藤式農村精神作興的教育観に、その勢力関係から云ってアダプトしなくてはならない。
後藤式の農村精神作興的教育は、その村塾主義教育[#「村塾主義教育」に傍点]、道場主義教育[#「道場主義教育」に傍点]に一等よく現われている。二月程前になるが、農林省では農村の中心人物を養成するために十二県に亘って「農民道場」(「百姓道」の道場)を設置することにし、後に之を十八県に亘ることに改めた。予算は十万円で之が半額補助の形式で各県に割り当てられるというのである。それから後藤農相が最も興味を持って力こぶを入れているらしい農村塾は、例えば埼玉県下の「財団法人金※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]学院、日本農士学校」だろう。之は伯爵酒井忠正氏が院長であり安岡正篤が学監である処の金※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]学院の下に立つもので、後藤農相(今度の少壮内務大臣)自身もぞくしているらしい、官僚ファシズムの団体「国維会」と連絡のあるものらしいが、東京日日新聞の伝える処によると、東洋の農本文明[#「農本文明」に傍点](!)の根抵の上に立つ新しい封建制度[#「新しい封建制度」に傍点](?)の建設を目的とする農業村塾であって、この学校の守護神社(文部省系小学校では御真影奉安殿に相当するのかも知れぬ)たる金※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]神社の大鳥居は、後藤農相自身の寄進になるものだそうである。学生の間に家長制度を設け家族会議で事を決めて行こうという思いつきである。恐らく金※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]学院学監安岡氏の哲学である日本神話に応えんがためであろう。
農村精神作興派の教育観によるこの村塾主義、道場主義は前内閣の皆川司法次官の転向教育観の内に現われる。氏の「皆川研究所」や千葉の小金町に出来た「大孝塾」も亦この村塾道場主義に立っている。更に内務省系では、東京府が皇太子殿下御誕生の奉祝記念事業として、都下の小学生七十五万人と中等学校生徒十三万人とをば静思修養させるための純日本式設計になる寄宿寮「小国民精神殿堂」の「静思修養道場」がこの例だ。その敷地として畏くも高松宮様から御所有地を賜わるということである。
で大勢がこうなって来ると、文部省式教育観の側の譲歩は甚だ必然で、文部省の日本精神文化研究所は、学生のストライキが起きたり何かする処から見ても、例の普通の就職難学校や失業大学と同じ種類のものであることを暴露して了ったが、之では遂に例の村塾道場主義に太刀打ちが出来ないとあきらめがついたと見えて、遂々文部省は全国に於ける村塾で農村文化(?)に貢献し人格陶冶の功績を挙げているものを選んで表彰することに決めたのである。こうして日本の教育は日増しに精神手工業的な村塾道場主義に傾いて行くのである。三田の慶応義塾など、蘭学塾か英学塾かに止まっていれば、今頃は大したものになっただろうに、大学令の改正と共に、失業大学の仲間入りをしたのは、先見の明のなかった点で重ね重ね残念だ。
物質的な貧乏問題を、村塾道場主義と云ったような精神教育で解決しようとするこの観念論は、反技術主義と精神主義とを内容としている。村塾主義の反都会主義、反工業主義、やがて反プロレタリア主義がその反技術主義だと一応見ていいだろうが、精神主義の方になると一寸説明が必要だ。と云うのはこの場合の精神主義は実は云わば一種の肉体[#「肉体」に傍点]主義なのである。だからこそ剣道や柔道や又は坐禅と同じに、教育が道場で行われることになるのである。一体、手工業は肉体主義なのである。
だが現在の日本ではこうした肉体主義的観念論が一般に非常に流行している。信仰家や民間治療家の多数は現に之で食っている。そればかりではなく元来之は日本国民の何よりもの勝れた特徴であるのかも知れない。上海事件の折の支那兵の死傷者一万人の内、日本兵の白兵戦創や手榴弾による者が六〇パーセントにも上っているが、之に反して日本側の死傷者七千二百人の内、支那兵の肉弾によるものは僅かに一パーセントしかなかったというので、日本人が肉弾という肉体主義的戦闘方法に於て如何に優れているかが、之で判る――失業問題だって「肉体」的精神教育で解決出来る、或いは寧ろ肉弾で解決した方が早いかも知れぬ、というのがわが「農村問題」対策なのである。
二、寄付行為
東大法学部教授末延三次氏は厳父の遺言で遺産の内から百万円だけを区別して、「末延財団」という財団法人を設立し、百万円の基金による利子の内年五千円を、学術研究費として帝国学士院へ、残りの利子を有望な学者と貧困な学生とに給費することにしたそうである。それから、これより先三井家は三千万円
前へ
次へ
全101ページ中55ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング