い。
 一体東郷元帥は決して日本又は東洋の東郷大将ではないのである。世界の東郷提督なのである。
 日本海海戦の場処は日本海だったが、その頃は朝鮮民族はまだ日本民族とは別なものとなっていたから、名こそ日本海でも国際的な公海で戦ったのだし、相手は云うまでもなく帝政ロシアの軍艦であった。それに元帥の率いたわが軍艦はイギリスで出来たりアルゼンチンの手に渡るのを譲り受けたりしたものだった。そして元帥の武功は全く国際的に響き亘ったものだったのだ。
 多分元帥の大和魂を除いては、その語学や戦略戦術に到るまで、国際的なものだったのである。
 そこでアメリカなどもスタンドレー将軍が弔辞を呈するということが甚だ自然だったわけである。
 併しアメリカでは東郷元帥のこの国際性に対する認識が充分ではなかったようである。アメリカは東郷元帥の国際的な葬儀を弔するのに、国際的な哀悼の曲を以てすべきであった。然るに何事ぞ、わずかに「ニッポン」音楽を以て足れりと考えるとは。アメリカは一体日本に対する正当な認識を欠いている。単に日本の「特殊事情」を、理解し得ないばかりでなく、日本の国際性をさえ理解していない。
「メリケン」人は国際的でないということがニッポン的なことであり、ニッポン的でないことが国際的なことかと思っている。元帥の英霊に対しては失礼かも知れないが、フジヤーマやゲイシャやサムライやハラキーリは、他の国にはないからニッポン的だと彼等は思っているのである。
 音楽に就いても彼等はこの調子なので、音楽にも「西洋音楽」と「日本音楽」とがあって、西洋音楽は自分達のもので日本音楽が日本のものだと思っている。無論科学にだって哲学にだって、西洋のものと日本のものとが別々にあると思っている。日本には日本精神があり、西洋には西洋思想があると信じているらしい。
 彼等は日本人だって欧米人と同じ「精神」を有っているなどと云おうものならビックリして了うだろう。
 こうした無知なメリケン人に、今日の日本音楽は即ち取りも直さず西洋音楽なのだということを教えてやりたいものだ。わが親愛なる兼常博士の権威によると「日本音楽」は日本の音楽ではないということだ。日本の尺貫法だってチャンとメートルに基いて法定されているということを、無知なアメリカ人などは知らないだろう。
 尤もアメリカ人は一般に無邪気で、従ってユーモラスでもあり又悪戯好きでもあるようだ。それから彼等は日本人が考えているよりも案外利巧な処もあるようである。だから彼等は実は日本の国際性を、国際的な重大性を、相当よく呑み込んでいながら、わざわざ知らん振りをして、ニッポンにはカッポレが打ってつけだというような態度を見せつけたのかも知れない。

 もしそうなら彼等は無知どころではなく仲々の強《したた》か者であり、従ってもはや無邪気な人種だなどとは云えなくなる。
 併しそれならば誠に怪しからぬことで、特に東郷元帥の国葬の機会などを利用してそういうユーモアや皮肉な悪戯をするというのは、どこまで不謹慎な態度かと憤慨せざるを得ない。
 だが又考えようによっては必ずしもそんなに悪意に解釈する必要はないかも知れないのであって、現にNBC当局自身は「わざと陽気なものを送ろう等という気持は全くない、それこそ飛んでもない誤解である」と云って弁解している。それに「ニッポン」人にとって陽気なカッポレも国際的には可なり淋しい曲だというAK中山常務理事の説明でもある。
 強いて悪意があってのことでないなら、厳粛であるべき場合に巫山戯《ふざけ》たり何かしたのでないなら、吾々は憤慨するのは止めようと思う。
[#地から1字上げ](一九三四・六)
[#改段]


 農村問題・寄付行為其他

   一、農村問題

 最近の新聞紙では「失業問題」というテーマが一頃のようには頻繁に見当らない。之は無論失業者が非常に減ったとか失業者が無くなったとかいうのではなくて、「失業問題」というものがなくなったことを意味するのである。と云うのは、失業問題の代りに「農村問題」というものが出て来たので、社会の輿論は農村問題で以て失業問題を蔽って了うことと決めたからである。
 失業しても貧乏さえしなければ問題でないのだから、失業問題ということは大衆の一般的な貧乏問題ということだという点を特に断っておかなくてはならないが、同様に農村問題も実は農村貧乏問題の筈である。従って失業問題の代りに農村問題が出て来たことは、一般的な貧乏問題が特殊な農村の貧乏問題にまで具体化されたものだと思われるかも知れないが、そう正直にばかり理解してはいけないのである。
 政府や資本家地主や新聞が云っていた処の失業問題は決してただの失業問題ではなかった。無産者が貧乏するのは同語反覆的に当然なことなのだから夫は問題にする必要は
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