を置いて毎日教室へ出席している学生であっても、必ずしも学問や勉強をやっていると思ってはならない。まして彼等がそういう意志を有っているなどと決めてかかることは気が早や過ぎる。実はこんな楽な面白い生活はないのだから、大体之は一種の娯楽である場合が少くないのだ。少くとも学生という資格を有っている間は、大威張りで親から金も貰えるし、世間でも一人前の、いや一人前以上の人間として通用する。もしこうした特権に相応すべく、徴兵延期の特典が与えられる必要があるというのでない限り、逆に学生こそ徴兵のマイナスの特典に価するものでなければならぬと一応そういうことになる。
だから学生に徴兵上の特典がある限り、農民や労働者にだって、徴兵上の特典が必要である。個人の一身上の生活の必要から云ってある限度まで徴兵を延期して貰ったり何かすることは、農民や労働者にとってこそ必要なことでなければなるまい。
もし農民や労働者に、そうした特典が与えられれば、それはもはや特典でも何でもなくなって、極めて当然な当り前なことになるだろう。そうすれば又一々コセコセと「部分的な」徴兵忌避を気にする必要もなくなるわけで、それだけ少くとも、外見上の非国民は減って行くわけである。そうしてやっても尚進んで徴兵に応じなかったり徴兵を回避したりする人間があれば、夫こそ初めて本当の非国民なのだ。
陸軍に例の投書をした連中は、その投書でどういう結論を得ようとしたのか私は知らない。金持の息子が遊んでいて自分達だけが兵隊に採られるのは怪しからんというのならばそれはただの直接感情としての不平の表現に過ぎないのであって、而も最も性の悪いことには、兵隊に取られること自身が何か損ででもあるかのように仮定しているような口吻をもらしているらしいことだ。それから俺達には特典がないのだから地主の息子の特典も取り上げて了えと云う積りならば、夫は嫉妬か意地悪るというものだ。実際、「不就学学生」を徴兵忌避で罰しても、農民は徴兵上何等の特典を受けるものではないだろう。一体農民達はどういう積りでああした投書を書いたのだろうか。その吟味は案外無雑作に片づけられているようだ。
が云うまでもなくわが国の農民は皇軍の枢軸である。農民の満不満は皇軍自身にとって何よりも重大な利害のあることだ。農民の要求は丁寧に打診されねばならぬ。で再びあの投書だが。
それはそうとして、最近陸海軍では、普通刑法に治安維持法(尤も之はあまり普通な刑法ではなくて寧ろ異常な刑法なのだが)の改正に平行して、軍刑法の改正(?)を企てている。
審議委員会で逐条審議した際最も重点を置いて議論されたのは、反軍運動即ち反軍隊的言動、もっと詳しく説明すれば、軍の不利益になり軍の秩序維持を妨げる言動、に対する罰則を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]入する件であった。治安維持法は少くとも資本主義の何らかの否定に対する罰則を規定したものであることは云うまでもないが、この治安維持法と、この反軍取締りの軍刑法との間に、平行関係があるということは興味のないことではない。だがそれはとに角、こういう法律が整備されねばならぬからには、反軍的な言動が現に旺盛になりそうな危険がある、ということを想定しなければならないのが遺憾である。
で三度例の投書だが、あれは陸軍に向って投書したものだから無論軍の利益を慮って行われたものに違いない。だが、文章はどうにでも書き様があるのだし言葉にも色々の使い方があるのだ。同じ内容の事柄が別な言葉で別な個処で述べられないとも限らない。そして夫がもし忠告だとするならば、それが好意に出たものか悪意に出たものかは容易に見分け難いものだ。
でそう考えて見ると、何が反軍的で何が反軍的でないかは、仲々ムツかしい問題になるだろう。
軍の専門家の方では判っていても、同時に農民労働者勤労大衆も夫がピタリと判っているのでなければ、反軍取締りの法律も、その道徳的な権威に乏しくなるし、法運用の技術上の信用も薄らぐわけだ。
如何なるナポレオンの法典も、解釈が問題になるようになっては、もうお終いなのである。夫はナポレオン自身がそう云っていることだから間違いはない。
例えば、坂野少将という人がいて、海軍は政治に干与しないと声明したが、夫が何よりもの政治干渉と解釈されるというようなわけだ。
三、メリケン
東郷元帥の国葬の夜、アメリカのNBC放送局から、スタンドレー大将の弔辞の後で、「かっぽれ」や「六段」や「お江戸日本橋」などが、「日本音楽」の名に於て放送されたということは、何と云っても取りかえしのつかない打ちこわしで、放送内容もロクに打ち合わせず、スイッチを切る気にもならなかったAKの、最大の不祥事件だったと云わなければなるま
前へ
次へ
全101ページ中52ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング