訴すると云って怒っているそうである。句仏氏を転がして軽微な狭心症を起こさせた当の責任者になるわけである阿部宗務院総長は、それで辞職を決意したとかいうことだ。
 一体本願寺では法主の子供が法主になることになってるらしいから、法主の息子として産れたというが、それだけですでに非常にすばらしいことでなければならぬ。その息子が法主になっていようがいまいが、彼には自然的な或いは寧ろ偶然的な、絶対価値がある筈だ。生物的な関係がそこに実在してるのだから、之を疑ったり何かすることは出来ない。従って逆に、法主の親は前の法主であったことが当り前で、たとえこの前法主がどんなことをしようとしまいと、法主の正統な親であったという自然的な絶対価値に変りはない筈だ。彼が何をしたかということがここでは問題ではないので、彼が何の生れ[#「生れ」に傍点]であるかということが、総てのことを決定するものでなくてはならぬ。
 だから前法主、即ち現法主の正統な父親が、仮にどんな困った男であったにしろ、之から僧籍を剥脱するということは無意味であって、仮に之から僧籍を剥脱して見ても、前法主としての生物的な絶対的関係に何の関わりもあり得ないことだ。僧籍は之を与えたり剥ぎ取ったりすることが出来るとしても、この僧籍が権威を生じる源は何かというと、それは他ならぬ例の生物的な血の続き合いなのだから、そしてその血を他にして法主の絶対性はなかったのだから、この血に立脚して初めて意味のある前法主から、その派生物である僧籍を剥脱するということは、丁度熱を下せば病気が治るというような考え方で、本末を顛倒していはしないかと思う。
 前法主から僧籍を剥脱するということ自身が、法主が血統に立脚しているという証拠に矛盾するのだ。
 大谷句仏氏は恐らく、その血の力によって、本能的にこういう推理を身につけるのであり、従って又本能的に、本願寺内局の自分に対する僧籍剥脱の矛盾を感じているものだから、それで一見理窟の通らない、ああした目茶な行動を取るのだろう。実際、大谷家の血統の神聖さにしか基いていない筈の本願寺の内局が、大谷家の血統にぞくする法主に就いて、その僧俗を是非するなどは、全く滑稽な矛盾だろうか。
 こういう矛盾は今日の社会では容易にゴマ化されるように出来ていて、従って面倒なものだから世間ではあまり本気になって穿鑿しないのだが、世の中が段々末世になって、句仏上人のような俗物的な宗教離れのした宗教家業の子孫が産れて来ると、この変な制度に対する血液の不平が、色々の形で爆発するようになって来る。それで句仏氏は孫の得度式に、その血統の正義から云って、正に「前法主」として、出席を要求したり何かして、法燈に嵐を吹きつけることにもなるのである。
 ――だからどうも、内局で官僚的な手腕を振ってぬけ目のない僧侶達よりも、句仏氏の方に遥かに真理があるのであって、倒錯した環境では、真理のあるものの方が、いつも評判の悪い方に廻されるのが、末世の常であるようだ。
 血液と制度との結合から来る凡ゆる混乱や矛盾は何も東大谷家に限ったことではない。これによって制度は制度としての運用の途を誤り、血液は血液としての自然を傷けられる。一方に於て客観的な事物の関係を不合理にすると共に、他方に於て人間の人間らしさが失われる。こういう関係は今に、例えば親が子を可愛がることが、大変珍らしい不思議な、従って奨励すべき得がたい模範ででもあるような風に考えられるようにさえなるかも知れない。人間もそうなってはお終いだ。(一九三四・五)
[#地から1字上げ](一九三四・六)
[#改段]


 武部学長・投書・メリケン

   一、武部学長

 日本教育新聞社長、西崎某なる人物を相手取って、文部省普通学務局長武部欽一氏が、謝罪要求の訴訟を提起した。『日本教育新聞』で「断乎武部打倒」を論じたからである。西崎某の検事調書によると、彼が一年程前に、社会教育局長関屋竜吉氏の許へ行くと、局長は、「武部が五十や百の金を出すと云っても妥協してはいけない、その位いの金なら私が出してやる」と云って、武部打倒の例の記事を書くように勧めたということである。あとで西崎は関屋局長から、多分謝礼としてだろう、二、三十円の金を貰って口止めをされたというのである。
 事件の真偽の程は判らないが、そして天下の文部省の局長が教育新聞社長などに恐喝されるのも意外だし、二、三十円でこの社長を買収したのも相当滑稽だが、併しとに角一方では武部他方では関屋の、省内に於ける深刻な暗闘がこの事件によって表面に出たわけで、更に関屋局長の背後には粟屋次官が控えているそうだということは、被告側の例の社長が粟屋次官を訟人として申請していることでも判るし、又最近粟屋次官の辞職説さえ出ていることからでも、見当がつくようだ
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