養を第一義として実施さるべきなり、陸軍戸山学校はこの大方針に基き国民体育を一層健実ならしむるため寄与する処あるを期す。」之が戸山学校の主張である。なる程戸山学校式な体操や銃剣術はそうだろう。けれどもわが国にはレッキとした体育の権威があることを忘れてはならぬ。高等師範を有っている文部省というものがあるのだ。そこで文部省は満州派の戸山学校に対して、反満州派を代表して、体協支持の声明を出すことにしようとしたが、併し流石にそれはこの際穏当でないというので、次官談の形式で遠慮がちに小さい声で声明することに決した。こうして陸上選手は一致出場に一応決意したのである。無論他の選手達は、盛んに不参加を声明して満州派振りを見せている。
処が又々××××棍棒を持った壮漢が甲子園のスポーツマン・ホテルに殴り込みをやり、某選手などおかげで足首を挫いて了うという事件が発生した。××××を第一とする「純な」スポーツが何であるかは再び之でも判るようなものだが、今度は別に戸山学校も声明書を発表してはいない。とに角こうした弾圧[#「弾圧」に傍点]の下に、反満州派の選手一行は平洋丸に乗り込み、今頃はどうやら危険区域は脱出したように見えた。尤も途中下関で上陸して練習をする筈であったが、警察当局の忠告に従って、それも止めにしたそうである。とに角日本を離れない限り、スポーツマンは命が危い。
明大の木下総長は強硬な強硬派なので、説得使を門司にまでも走らせて、選手に不参加を説得した上、それで聴かなければ、学校の意思に従わぬものとして選手を停学処分にする積りだそうである。尤も之は棍棒で殴られたり何かするのに較べれば、ズッと割がいいが、併し日本には随分変な大学もあるものだ。事実すでに明大体育会は、五人の選手を除名処分に付したのである。早稲田・慶応・明治の競争部は、関東学生陸上競技連盟の意向に反して満州派なので、まず早稲田がこの連盟を脱退し、やがて慶応・明治も之に続くという話しだ。この学連の会長が例の山本忠興博士だったのだが、博士は満州派だったから、当然会長を辞任することになった。
極東選手大会第十回大会満州国代表参加問題の歴史は、大体以上のようなものであるが、ここまで来ると読者は純正なスポーツに別々な二つの種類があるという結論に到達することと思う。だが一体、体育とスポーツ[#「体育とスポーツ」に傍点]とを混同するということが抑々の間違いの元で、実はスポーツの内に二種類あるのではなくて、本当はスポーツと体育との二種類があるに他ならない。大会に不参加を決意した例の選手達はだから、体育家ではあっても、決してスポーツマンではなかったのだ。――体育協会も、戸山学校も、文部省も、この点をもう少しハッキリさせる必要があるだろう。
三、血液と制度との混線
東本願寺では去る十四日、第二十五世法嗣光養麿君の得度式を行った、がそれは極めて画期的な意味のある得度式であったらしい。
光養麿の祖父である大谷句仏氏は今は僧籍を剥脱されて一介の俗人に過ぎないのだが、それがこの得度式に前法主として出席しようと主張するのに対して、院内局側は之を阻止しようとするので、前日の十三日には十二時間にも渉る交渉をやったのだが、遂に妥協点を見出すことが出来ず、物分れとなったので、句仏氏が翌日の式場に乗り込んで来るだろうということは皆が予想していたことである。
句仏側に云わせると、たとい僧籍はなくても光養麿の本当の祖父で且つ前法主である身である以上、得度式に出席するということは当然のことであり、それに、得度式に必要な立会人である証誠は前法主でなければならないように宗規によって決っているのだから、自分は列席する義務さえあるのだ、というのである。之に反して内局側は、たとえ前法主と雖も僧籍にないものが得度の厳儀に列席することは愛山護法のためから云って絶対に不可能であり、況して証誠のような責任を之に振りあてるなどは以ての外だ、という理窟である。
仲裁者は、句仏氏に得度式の出席を見合わせて貰い、その代りに句仏氏の僧籍を復活し、そして僧籍復活の責任は現内局が取って、内局が引責辞職するようにしたらばどうか、と持ちかけたが、句仏氏は頑として承知しなかったということだ。
さて愈々得度式の当日になると、果して句仏氏は前法主の法衣を身に纒うて、推参したという事件である。之を押し止めた僧侶達と押し合いへし合いしている間に、ある役員は句仏氏の中啓で頭を三遍もたたかれたかと見ている内に、句仏氏はコロリと転んで了ったという話しである。元来句仏氏は足が良くなかった。
やがて東京にいる句仏氏の親戚は[#「親戚は」は底本では「親威は」]「句仏氏重態」の電報を受け取り、句仏氏の方では自分の行動を妨害した三重役を、傷害と礼拝妨害との廉で告
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