公式にではあるが、日本の該提案に対して反対を唱えて、要するに支那側に寝がえりを打って了ったのである。問題はここから起きる。
フィリッピン代表タン教授に由ると、かつてインド選手が参加出場したのは、体育協会会議に於て会員の賛同を得た結果であったのだから、満州国選手の参加出場にも亦支那の賛同が必要だということになって来たのである。大会の所謂憲法はそういう風に解釈されねばならぬというのである。
之を聞いた大日本体育協会はフィリッピンがマニラに於ける約束を無視した背信の非を鳴して、フィリッピン遠征を中止すべしとなし、その準備を止めて了い、大会不参加の旨をフィリッピン体育協会に打電して了った。処が上海にいた山本博士(代表)は、日本側のこの憤慨が、マニラの約束に就いての誤解から来るもので、この約束は決して公式なものではなかったことをよく理解していない処から来るのだとして、山本代表自身がフィリッピンに対して、日本体協の該電報の留保方を打電したのである。そうなると当然体協と山本代表との対立になるわけで、体協は山本代表に対して、問題の電報の留保の又留保方を、即ち前通り不参加だという打電を、命じた。山本博士はこの命令に従って、比島側に対して体協の抗議文に対する返事を促して、帰国の途に就いた。
処が日本の体協は突然今度は「大国の襟度」を示して、第十回極東大会参加に決し、その旨フィリッピンに通告し、満州国体協には慰撫の文書を手交して、声明書を発することにした。そこで憤激したのは満州側であって、約束によれば最悪の場合には又相談しようという筈だったのに、相談もしないで勝手に一方的に参加を声明するのは怪しからんと云い出す。日本側は、あの約束は非公式だったのだから背信ではないとつっぱる。満州国体協東京委員会の藤森代表(この日本人は満州国側の代表者だと見える)は、現幹部の下に立つ限りの大日本体育協会とは、一切の関係を断つ旨を声明し、大いに山本博士に[#「山本博士に」は底本では「山本博土に」]同情を表してさえいる。どうやら山本博士は[#「山本博士は」は底本では「山本博土は」]満州側らしい。之に対して今度は体協側から満州側の誤解を指摘する番になって来て、例によって、私的意見を公的意見と思い誤ったのが満州側の誤解なのだと体協側は主張している。
で結局日本体協は大会参加に決定して了ったわけで、もう問題は片づいたかと思うと、実は之から本当の「問題」が始まるのである。まず真先に出て来るのは、相不変現役少壮将校団だ。陸軍戸山学校の将校達が中心で、大きな背景を持つ某会が、参加絶対反対の決議をしたという噂が発生した。戸山学校長は、例の林陸相の立前を顧慮してであろうか、軍人はスポーツに断じて干渉するものではないのだから、そういう噂は至極迷惑だと発表した。
だが、××が一旦云い出したことは仲々よく世間で受け容れるものと見えて、早大の競争部の主将西田選手が、急に参加辞退を声明したのである。甚だそうありそうなことで大して独創的な着眼ではないが、皮切りは皮切りに違いない。山本博士は早稲田の教授だから、一体に早稲田は満州側である。でこの選手によると体協側の態度には非スポーツ的なものがあり、上海円卓会議も政治問題として逆用されているから、「純スポーツ的」な立場から云って、参加する気がしない、というのである。
そこで明大体育部も早稲田の真似をして不参加を決議する。文理大でも選手に「熟慮」を促す(尤も文理大当局によると之はデマだそうだが併し至極尤もらしいデマだと云わねばなるまい)。慶応競争部も亦不参加を決議する。どれも多分「純スポーツ的」立場からに違いないだろう。
処が中央大学の先輩団はどう思ってか、自分の大学の選手に対して、敢然参加せよと打電したものである、あくまで「運動家としての責任」を尽せ、と云うのである。それに実は明大選手達などはなぜかひそかに出場を希望している。――で、どうもこの方がスポーツマンとして純真であるような気がしてならないと思っている矢先、突然、甲子園にいる参加傾向のある五人の陸上選手が、十数名の暴漢に襲われて、棍棒で殴打されて血を流したという不祥事件が発生したのである。無論右翼の×××の仕業で、「×××」の仕事なのだが事件が展開して行くに従って役者は銘々その正体を暴露して来るものであって、どっちが本当に「純スポーツ的」な立場かということが之で判りかけたかと思っていると、先に軍人とスポーツは無関係だと云って噂を迷惑がっていた戸山学校は今度は、例の将校団の決意を裏書きしながら、「国家を離れてスポーツなし」という新らしい発見を発表した。でこれから先は「純スポーツ的」なものには少くとも二種類あるということを忘れてはならぬ。
「我国の体育は皇国の大国是に基き、皇道精神の涵
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