思想局に昇格した。なぜ学生部[#「学生部」に傍点]が思想局に昇格したかというと、今後は学生並みに先生も取り締ろうとするからである。先生というのは無論小学校訓導から大学教授に到る迄を意味するので、だから文部省によると、小学校の先生も案外信用がないらしいということになる。之は先に云った国家による信任と期待とに一寸そぐわないようでもある。併し大学教授に較べたら、小学校の先生に対する文部省の信任と期待とは較べものにならない程大きいのだから、之は決して矛盾にはならない。
 で今に小学校の先生は、その信任と期待との徴しとして、他の学校や大学の先生より優先的に植民地のように、制服を着て剣をつるようになるかも知れぬ。大学教授にも剣をつらせていいのだが、それは、大学教授は「国民精神文化研究所」卒業の検定をとること、と云ったような規定を実施してからでもおそくない。一体大学教授に小学校の先生のように資格検定の制度がないということが、間違いの素だ。

   三、二つの問題

 わが日本帝国の製艦技術は世界の驚異だと聞いている。どうせ製艦技術と云えば軍の機密にぞくする部分が主要な点に相当するだろうから、同様に機密にぞくするだろう。外国の技術と明らさまに対比して示される筈はないから、結局噂の限度を出ない筈であるが、従って吾々は全く素人なりに、想像する他はないのだが、その吾々素人の想像によっても、わが国の製艦技術が、少くとも非常に優秀なものだろうという見当はつく理由があるのである。
 それはこういう理由からだ。わが国の科学や技術は、官公私の研究機関を通じて、恐らく世界的水準からそんなに降っているのではないようである。而もそれは極めて切りつめられた殆んど致命的な少額の研究費で維持されている研究なのである。処が陸海軍になると研究費は桁はずれて豊富であるらしい。無論決して夫で充分だとは云えないにしても大学や他の研究所に較べたら研究は極めて自由だと見ていい。これ程自由な物質的条件にあると同時に、多分特に海軍では人的に優秀な技能を選択し蓄積していると見ていい。聞く処によると明治初年の技術家や数学者の主な者はどれも海軍軍人だったそうだ。で吾々は日本海軍の製艦技術の優秀性を仮定してもいいように思えるのである。之は日本民族の優秀性というような神話的な問題ではないのだから。
 処が水雷艇「友鶴」が顛覆したのは、査問会の議論によると、操縦及び艇内の水防等に原因があるのではなくて、波浪による傾斜に対抗するだけの復原力が不足だったのに基くということが明らかになった。要するにこの新型水雷艇は、設計上根本的な弱点を持っていたというのである。
 友鶴はロンドン条約の欠陥を補うための補充計画により、制限外の補助艦の一種として造られたもので、従ってそれに対する作戦上の要求に多少の無理があったろうというような想像も出来るわけだが、とに角すでに服役中の同型艇三隻は早速改造されねばならず、第二次補充計画にぞくする未建造十六隻の水雷艇の設計も根本的に立て直さねばならぬということになり、海軍では新たに調査会を組織して対策を練ることに決定したということである。
 一方に於て設計上の責任問題も当然起きるわけで、特に顛覆当時艇長以下二百名の将兵を失っている処から、問題は極めて重大であるが、それはいずれ軍法に照して処置するものは処置するだろう。何にせよ優秀な製艦技術を誇るわが軍部としては、之は国民に顔向けならない事件だということを、深く記憶しなければなるまい。
 鳩山文相を明鏡止水の心境から辞職の決意にまで追いこんだ岡本一巳代議士は、勢いに任せて今度は小山法相の収賄問題というのを持ち出した。併し之は明らかに図に乗り過ぎて早まったという形であるように見える。というのは、本当を云うと鳩山文相が辞職したのは、決して岡本一巳氏による「暴露」などと関係があったのではない。その証拠には岡本代議士は懲罰委員会から、衆議院の登院を禁止されたのを見ても判る。その理由は、岡本氏が軽卒にもありもしない鳩山文相の不正を「暴露」したからに他ならない。だのに岡本氏は自分の云ったことが本当だったもので、鳩山は文相を罷めなければならなくなったのだと思い込んで了ったのである。で今度は、その調子で、小山松吉氏をも罷めさせてやろうと考えて憲兵隊へ訴えて出た。処が都合の悪いことには小山氏は司法大臣の職にあるので、事件は交渉の上憲兵隊から検事局に廻されて、岡本氏はどうやら逆にひねり上げられそうになって来たのである。
 小山法相(当時の検事総長)を饗応したという待合「鯉住」は、小山起三氏という弁護士の行きつけている処で、木内検事の取り調べの漸定的な結果によれば、饗応されたのは法相ではなくてこの弁護士だそうである。即ち岡本代議士は途方もなくあわてたもの
前へ 次へ
全101ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング