間に、何かの関係があるのではないかというような変な考えを起こさないとも限らないので、悪くするとこの法律は藪蛇になると不可ない。だから、私有財産制度の方を思い切って除いて了った方が、この際万全の策ではないかと思うのである。代議士諸君が資本家の代弁者であれば別だが、そうでない限り之に苦情はない筈だ。いや苦情は尤もだが、併し同じ物を売り出すならば評判のいいレッテルを貼った方が得策だろうではないか。
この点はすでに東京朝日新聞の論説にも説かれていたが、とに角今度の改正案によると私有財産制度の否定の方は非常に影が薄くて国体変革の方が著しく光って眼につく。同紙によると(一月三十一日付)これは、最初の治安維持法制定の時期に於て、之によってブルジョアジーの利益を擁護しようとする目的を持っていたことの名残だそうで、それならば益々治安維持法の名誉のために、又ブルジョアジー自身の名誉のためにも、私有財産への遠慮は捨て去って了うべきだろう。改正法律によると「予防拘禁」(第五章)ということが発明されているが、それは国体変革の罪人だけに通用するので、私有財産否定の罪人には適用されないことになっているのは、或いはその準備であるかも知れぬ。この次の「改正」にはキット私有財産は国体と無関係だということが法文の上で明らかにされることになるだろう。その時初めて、治安維持法は「国体維持法」としての権威[#「権威」に傍点]を持って来ることが出来るだろう。
治安維持法に「国体維持法」としての権威が具わった暁には、今度の改正案中の、先に云った「予防拘禁」の発明や、刑事手続(第三章)上の新案や、又「保護観察」(第四章)の工夫などが、至極尤もな常識に適した内容を有っていることを、人々は発見するようになるだろうと思う。
予防拘禁というのはどういうことかと云えば、国体変革のための結社をなした犯人が刑の執行を終って釈放される場合(死刑と無期の場合は論外)更に同じ罪を犯す恐れあること顕著なる時に裁判所が刑務所内で二年ずつ句切って永久に拘禁を蒸し返えすことが出来るということである。之によって、この犯人達は転向しない限り無期徒刑に処せられるわけで、国体の尊厳を体得せしめる法律としては最も合理的な内容のものだということが判るだろう[#「判るだろう」は底本では「判るだらう」]。
刑事手続上の新案というのは、国体変革のための結社をなした疑ある者が、住処不定であったり変名や偽名を用いる場合は、六十日乃至百二十日の拘留を申し渡たされるというのである。罪証湮滅や逃亡の恐れある被疑者も亦無論そうである。之によると住処を調べたりペンネームを調べたりするには少くとも六十日はかかる見込みらしい。だが問題の犯罪が犯罪であるだけに、取り調べに慎重な落ち付きが必要だろうから、二月や三月の拘留は、国民として、国体の尊厳のために我慢して然るべきものではないか。
「保護観察」というのは、之も亦刑法上の問題であって、幼稚園の園児や小学校の児童に就いての規定だと思ってはならない。執行猶予や起訴保留(?)になった治維法の犯人は、必要に応じて、保護者に引き渡されることになるということなのである。保護者に引き渡されない場合は、寺や教会や保護団体や病院におあずけになるのである。お寺や教会に渡すということはどういう意味なのか判らないが、病院に引き渡すという処を見ると、あまり縁起のいい規定ではないようだ。併し万事は国体の尊厳を維持するためだ、国民に文句はない筈である。
三、荒木陸相の流感以後
今年の流行性感冒は非常に悪質で、私なども一カ月も寝ていたために、前号の「社会時評」の原稿を書きそびれて了ったが、そんな小さなことはどうでもいいが、荒木陸相がこの同じ風邪で大臣を止めなければならぬというような大事件を惹き起したということの方が、この感冒の歴史的意義をなしている。
尤も一方に於て当時の新聞紙の報じる処によると、荒木陸相は昨年末、例の内政会議終了の前後から辞意を決していたのだそうで、当時の林教育総監や真崎軍事参議官やがその前後策を凝議していたということだ。これで見るとこの歴史はただの流行性感冒だけでは説明されないのかも知れないけれども。
とにかく今まで猫のように大人しかった政党、例のロンドン条約問題で青年将校達を怒らせた若槻総裁の言論などを除けば、軍部の云うことに対しては今までグーの音も出なかった政友会や民政党が、今度の議会で、どう潮時を見計らったのか、猛然として軍部に喰ってかかり始めた。第一に、曽つて極めて唐突に発表された軍民離間に関する声明書に就いて、衆議院ではその動機を説明しろと当局を追求し始めた。荒木陸相に代った林新陸相と大角海相とはそこで、軍民離間を強調した内容の印刷物を配布した者があったから、容易なら
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