たが、黒田嬢の御輿入れの場合には、幸にしてそうした×××××××××、ただただ歓声と和楽の裡に、海外発展の事が幾久しくめでたく取り行われるのである。
吾々は口うるさい婦人雑誌などの云うことには眼もくれず、日本国民の一人として、黒田嬢のこの国体観念的、国家発展的、決意を讃え、その結婚生活の幸多からんことをひたすら衷心祈るものである。聞く処によると、黒田嬢は天資明朗、美貌と健康との持主だということである。エチオピアの国民達よ、願わくば新しく日本から来た魅力に富んだこのプリンセスの優れたジェスチュアやポーズに親しく接して、このプリンセスの故国日本でどしどし過剰生産されつつある商品も亦、如何に優れたものであるかに思いを致し、陸続として日本品の注文を発せられんことを。イタリアからもイギリスからも日本製のこのプリンセスのようなサンプルは、決して送って来ることが出来ないということを、幾久しく認識されんことを。
二、治安維持法から国体維持法へ
現内閣の思想対策委員会で原案を作った治安維持法改正案が、衆議院に提出されてから相当時間が立っている。初めの世間の想像では、どうも資本家に多少でも不利になるような改正案ではないのだから、委員達は例の調子で一瀉千里スラスラと片づけてくれるだろうと思っていたが、この委員達に限って仲々シッカリしていると見えて、政府が心配してイライラする程審議は停頓している。
委員会の開催はすでに九回以上にも及んでいるが、まだ政府に対する質疑を打ち切るに到っておらず、法律ばかり厳重にしても無効だとか、軍部大臣の出席を求めるの、軍人の政治干与に就いて海軍側の意向をただせのとダダを捏ねている(陸軍は、林陸相の言明を信じるなら、今では海軍よりももっと左だから問題はないが)。
こんな立派な而も時節柄「重大性」を有った改正案になぜそう文句をつけるのかというと、彼等委員達、即ち代議士達が「右翼」に就いてはツクヅク懲り懲りしたからで、右翼取締りの条項をこの際何とかして治安維持法に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]入させようというのである。
処が政府側の見解では、一体右翼団体は共産党のような国体否定の思想体系を有っているのではなく、又その組織も大衆的全国的国際的ではないのだから、団体そのものとしては取り締る必要はないし、又法文起草の技術から云っても右翼団体取締りの項目を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]入することは困難だというのである。ファッショ的活動に対しては、五・一五事件の場合のように、殺人、放火、爆発物取締規定違反、暴力行為取締法違反、出版法違反、等の罪名でよく、もしそれでも間に合わない場合には内乱罪で取り締れば良いではないか。戦争を挑発したりして安寧秩序を害する不穏文書の取り締りのためには、出版法を改正しようではないか、というのである。
吾々は併しどうも政府側のこの議論の方が筋が通っているのではないかと思う。一体委員達は、治安維持法というものの精神を根本的に誤解しているようだ。治安維持法という名が付いているからと云って、この法律が、治安を維持するために必要で充分な法律だなどと思うのが非常識で、治安維持法というのは、単に共産党弾圧法以外のものではないのだ。共産党が治安を乱そうが乱すまいが、又治安維持しようがしまいが、とに角共産党の存在がいけないぞという法律が之なのだ。だから仮に右翼団体が治安を乱るとしても、治安維持法で之を取締れなどと云われるのは甚だ迷惑なことだろう。治安維持法と治安維持とは必ずしも対応するとは限らないのである。
委員達は無論共産党は大嫌いだし、又右翼団体も今云ったように、あまり好きではないのだから、治安維持法へ無理にファッショ取締りの役目を課すことによって共産党弾圧の力を鈍らせるより、治安維持法は純粋な治安維持法としておいて、寧ろ別に右翼取締りの統一的な法律でも出した方が賢明ではないかと思う。併しそれはまあ別の話として、治安維持法即ち共産党弾圧法そのものを、もっと有効に改正する必要があるということを、委員達はこの際ハッキリ認識しなければいけないのである。というのは、今度の改正法律案でも、依然として、尊厳なる国体と、かの外来の私有財産制度との、くされ縁が切れずにいるからである。
最初の治安維持法では「国体の変革又は[#「又は」に傍点]私有財産制度の否定」と云ったような呑気な法文だったのが、第一回の改正では、同一条項の下に、国体の変革と私有財産制度の否定とを別行に直したが今度の改正で、それが第三条以下と第八条以下とに別条にすることになっている。
だがこうしても矢張、共産党員も共産党員でないものも、わが国体と私有財産制度との
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