女雅子嬢(二十三歳)を第一候補として御選定になったということは、すでに旧聞にぞくする。三月号の婦人雑誌はどれも之も、この記事で大さわぎである。日本の婦人雑誌は殆んど凡て婦人の性愛欲と名声欲と所有欲とを中心にした一種の専門雑誌で今日では女にとって結婚が丁度そうしたものの総合になっている処から、婦人雑誌は取りも直さず結婚雑誌なのである。処で今度のこの結婚問題は、相手の殿下が黒人でいらせられ、且つ殿下が皇甥殿下であらせられるという点で、婦人雑誌に最も特異な専門的な刺※[#「卓+戈」、135−下−11]を与える処のものであるらしい。この話しを載せないものは婦人雑誌の資格はないようだ。
結婚専門雑誌である日本の婦人雑誌は殆ど凡て大出版事業にぞくすると見ていい。即ち婦人雑誌はそれ程売れるのである。この現象は一応は尤もで、男は政治家とか技術家とかという細かく分れた専門家であるために、それに必要な専門雑誌の売れ方は、たかが知れているが、女の方は大部分の者の専門が結婚なのだから、婦人雑誌の売れるのは当然かも知れぬ。だが、大事な点は、婦人雑誌は決して実際的に結婚の媒介をしようとする意志があるのではないことだ。
名流家庭の夫人や令嬢や映画俳優は、結婚の紹介をするためにではなくて、単に結婚観念を刺※[#「卓+戈」、136−上−7]するためにその写真を並べているのだ。で婦人雑誌の結婚専門雑誌たる所以は、今日わが国などで一等欠けている合理的な結婚施設や、又世界各国で見失われた結婚の物質的地盤などを、提供する点にあるのではなくて、ただでさえ過剰を来している結婚観念を意地悪くいやが上にも緊張させる役目にあるのである。婦人雑誌は、結婚よりも寧ろ結婚観念を享受したがっているわが国の既婚未婚の婦人達を、その読者としているから売れるのであるらしい。
婦人雑誌のことはどうでもいいが、とに角婦人達のこの緊張した結婚観念に思い切ったショックを与えたのが、黒田嬢の独自な勇敢な決意だったわけである。日本の婦人達は之を聞いて、さぞかし安心もしただろうし、又悲観もしたかも知れない。内心では軽蔑しながらも表面では讃美するものもあるし、内心は少し羨しくても[#「羨しくても」は底本では「※[#「義」の「我」に代えて「次」、136−上−20]しくても」]表面ではケチをつけたがる者もいるだろう。いずれにしてもやや不思議な意外な決意だということが世間の婦人達や男達の常識観のようである。
だが併し実は少しも不思議がることはないのである。フィリッピンのオリンピック選手と誼みを通じたり、フィリッピン人の低能留学生をさえチヤホヤしたりする位の近代日本女性であって見れば、由緒の正しい黒人王族に感能を動かすことは、あまり不自然なことではあるまい。殊にエチオピア帝国は皇統連綿恰も実に三千年に及んでいる。この頃流行る日本主義者達の説明によると、日本精神なるものは何よりも先に、わが国の皇統連綿たる点に立脚しているので、この点こそわが国体の本質に外ならぬそうである。そうすると、恰もエチオピア帝国は、その国体の本質をわが国の夫と極めて相斉しくするものということが出来る。わが国の国体を愛するものはだから、誰しもエチオピアの国体をも尊敬しないものはない筈だ。そして国体に対する尊敬さえ持てたら、後の色々な点は実は云わばどうでもいいので、その国の文化水準がどの位進んでいるかとか又はどの位進歩し得るかと云うような点は、国体に較べれば大した問題ではないのである。そう考えて見れば、黒田嬢の例の決意には、何人も肯かずにはいられない国民道徳的必然性があるではないか。
ヒトラーは神聖な純正ドイツ人が外国種の人間と結婚することを禁じているが、同じファッショと云っても、ドイツのは敗戦の結果凡てを失った揚句のものだが、わが国のは之とは正反対に、満州帝国を建設し××××処のファッシズムである。だから日本では外国種の人間と結婚するということは何より尊重すべき事柄なのだ。日鮮融和の実もそうやって挙ったものだし、日満融和も皆この手を併用すべきだろう。植民政策にも色々あるが外国の土地で外国人との間の雑種を創り出す程完全な言葉通りの植民はない筈である。この大きな理想の下では人種的偏見位い邪魔なものはないのだが、黒田嬢の例の決意はこの点で極めて植民政策的コスモポリタニズムの意義のあるものなのだ。
無論黒田嬢は、植民政策の御手本や何かではなくて、レッキとした独立国エチオピア帝国に嫁して行くのであるが、その海外発展的な進取の気象は、日本人の御手本として何より教訓に富んでおり、失礼ながら天草や何かの女達とは違って、立派に日本女の模範とするに足るものだろう。満州帝国の建設に際しては、××××××××××××××××××××××にしなければならなかっ
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