都、大阪、神戸に亘って、シェパードを軍用犬の種犬として買い上げるために徴兵検査を行ったが(甲種合格十四頭)、シッポの振り方をよく教育されていないために内地の街頭でウロウロしている野犬達に較べると、この満州行きの連中は全くの英雄ではないかと思う。
 駄犬と名犬とはこれ程待遇が違うのだが、どこで駄犬と名犬との区別がつくか。それが素質と教育とによることは云うまでもない。教育の方はこの頃世間で非常に喧ましく云われている。まるで「教育」だけで、教育が出来るかのように、教育万能を人々は信じているようだ。それだもんで食事を与える任務を帯びた女中達までが、飯をやる代りにお説教を聞かせてやったり、散歩につれて行くように云いつかっている書生君が、棍棒で説教することに方針を変えて了ったりするのである。けれども一体犬を教育するには何よりも食餌を与えるということが一等大事な手段だということを、人々は忘れてはならない。
 教育の方はまだしもとして、素質の改善の方は今まで全く等閑に付されていた。ということをこの頃人々はやっと気づいたようである。之に一等初めに本当に気づいたのは、ドイツのヒトラーという人物で、彼の優生学は何故だか雑種の発生するのを大変恐れる処の科学である。わが国の「民族衛生学界」は併しもう少し衛生学的で、「医学や懲罰等によって到底矯正されぬ病気をこの世から駆逐しよう」との目的の下に、断種法の強制を来議会に建議しようとしているそうである(十月十三日付東京朝日新聞)。
 素質の悪い処に如何に教育を施しても無駄なことは判り切っているから、素質の悪いのは絶滅させるに限るというのであって、駄犬はドシドシ淘汰されねばならぬということである。それは要するに、野犬はドシドシ退治しろということに帰着する。ここに野犬狩[#「野犬狩」に傍点]りの新しい真理があるのだ。

   三、内政国策会議まで

 先月十二日若槻民政党総裁は名古屋に開かれた民政党有志の歓迎会席上で、時節柄至極注目に値いする演説をやって除けた。之より先、政友会大会で鈴木政友会総裁が、民政党総裁を攻撃する積りで、うっかり若槻ロンドン軍縮会議全権の批評をして了ったのだが、そこで若槻氏は往年の軍縮全権としてロンドン条約の説明を党員に与えておかねば困ると云って、責任者として次の諸点に就いて述べる処があった。
 第一にロンドン条約は製艦費の節約によって国民の負担を六年間に亘って軽減し、又国際平和をそれだけ確保し得たというその貴重な結果を尊重されねばならぬ。第二には補助艦総トン数対米七割・大型巡洋艦対米七割・潜水艦七七八〇〇トンの確保を三大原則としたが、第三の潜水艦トン数が米国と同じく五二七〇〇トンに切り下げられたとしても、総結果から云えば、まず三原則の主旨は貫徹したと見てよく、大体に於てロンドン条約は成功であったと見るべきだということ。第三には、その際全権が政府に発した請訓は、海軍次官・軍令部長・軍事参議官列席の上で賛同を得たものであって(海軍大臣渡英中)その間何等統帥権干犯というようなことは絶対にないということ。第四には、海軍第二次補充計画は、一部に伝えられるようにロンドン条約の失敗・欠陥を埋め合わせるための計画ではなくて、正にロンドン条約自身の範囲内で行われることになっているのだから、その実現が急に必要になったのはロンドン条約が原因ではあり得ないので、何か他の国際関係から由来する外ないこと。第五には該条約は一九三六年に効力を失うものでその前年に当る一九三五年の第三次軍縮会議に於ては、日本はロンドン条約と無関係に新条約を締結し得る筈になっていること、等々である。
 海軍当局は之に対して、潜水艦の二五〇〇〇トン減少の如きは重大な欠陥を意味するもので、之を以てしても条約の成功だと考えるのは了解に苦しむ処だと云い、特に青年士官達は、統帥権干犯の事実は歴然として明らかではないかと騒ぎ出した。「かかる主張の存在に対しては従来の如く輿論を黙過することなく」、上局を促して適当な処置を取らせねばならぬということになって来たのである(十月十四日付朝日)。
 何だか軍部はこれまでいつも輿論を無視して来たかのように、この言葉は受け取られるかも知れないが、無論そういう意味ではない。処で当時、五・一五事件の花形の一人、海軍側被告の特別弁護人たる、海軍大尉朝田某は、多数少壮士官を代表して、若槻総裁に会見を申し込み、一時間程若槻邸で談判したが、「朝田大尉は容易に諒解せず、統帥権干犯については反駁して譲らず、結局物別れになったそうである」(十三日東朝夕刊)。朝田大尉は諒解する目的で出かけたのではなかったろうから容易に諒解する筈はないのである。
 併し明敏なる若槻総裁は、政党・政府、引いては国民に迷惑を及ぼすことを恐れて、以後この統帥権
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