理員などは、早稲田の応援団によって一たまりもなく押し除けられたのは云うまでもないし、大喜びで写真を撮り始めた新聞記者が思い切って処罰されたのも当然である。
さて早大側は林檎をぶつけた慶応野球部選手某に謝罪しろと主張するし、慶応側は早大野球部にリーグを脱退しろと要求するので、問題はリーグの委員会にうつされることになった。早大側の要求は当然であるとして、慶応側の主張には一寸腑に落ちない点がないでもあるまい。あばれたのは早稲田野球部ではなくて応援団だったのだから、野球部にリーグ脱退を迫るということは少し変のようだが、併し、応援団が、決して野球と離れたものではなくて、大学自身にとって野球部が持っている重大な意義をば別の形で云い表わしている真剣な存在だったということを思い出せば、慶応側の要求も亦無理ではない。それは兎に角、最近妥協案が作成され、夫が両大学に対して勧告の形で示されたが、その結果はまだ判らない。悪くするとリーグ自身が、逆に早稲田辺から責任を問われる破目に陥るかも知れない。実際、大事なのは早稲田と慶応とであって、リーグ当局などは両大学の寄生虫のようなものかも知れない。この寄生虫が権威を有っていられる間が「スポーツマンシップ」の存在する期間で、この権威が両大学に移り始める時は、スポーツマンシップという得体の知れない幻影が正体に返る時である。その時こそは問題が高田閥とか三田閥とかいうものにまで純化[#「純化」に傍点]される時なのである。
警視庁などでは、応援団を金網に入れることを研究しているそうだから、スポーツマンシップを出来るだけ早く、こういう具合に純化[#「純化」に傍点]して了わないと、応援団は気の毒にも金網に入れられて了う運命に見舞われるだろう。
二、野犬狩りの真理
応援団より気の毒なのは併し、野犬諸君である。ある二人の外国人の女が、帝都の野犬(?)を満載した三河島行きのトラックの前に立ち塞って、その犬を皆んな買います、と怒鳴り立てていたという事件がある。自分の飼い犬が見えなくなって百方手を尽してさがしていた処、幸いにもその犬が帰って来たのはいいが、首輪の代りに犬殺しの針金が首にまきついていたのだそうである。二人の婦人は之を見て犬一般に対する義憤と憐憫の情とから、この嬌態を演じたというのである。併し犬殺しは巡査立ち合いの上で犬を捕獲して歩くのだから、その行為はあくまで合法的なもので仮にその合法性の根拠が、本当に狂犬病予防のためなのかそれとも犬殺し稼業の保護のためなのかハッキリしないにしても、とに角合法的である以上、子供などにどんなに残忍な印象を与えようとも構わない筈だと私は信じている。
高田義一郎博士は東京朝日の鉄箒欄で、この問題を取り上げ、野犬狩りの目的が狂犬病の予防にあるという仮定から、野犬狩を批判している。之に対して警視庁獣医課の係員は、如何にも警察医と犬の医者との結合物であるような口吻で、之に反駁を加えているが、博士は更にこの反駁を批判している。今はその一々の内容はどうでもいい。博士はあくまで医者の立場から野犬狩りを狂犬病の問題として取り上げているが、そうすれば当然、野犬はなるべく少ない方[#「少ない方」に傍点]が望ましいわけである。そのための一つの対策として、畜犬税を半分にすれば野犬はそれだけ飼犬になって、数が減るだろうと博士は云っている。
だが、実は野犬はなるべく沢山[#「沢山」に傍点]いないと困るのである。野犬が足りない時には飼犬の首輪を外して野犬に仕立てたり、人の家の縁の下にいる犬までも引っぱり出したりする必要が、犬殺しにはあるのである。こういう種類の窃盗や家宅侵入は、巡査が立ち合っていることになっているのだから、事実上は合法的になるのだ。で例の外国婦人が悲憤を感じたのは案外この点だったのかも知れない。
残忍な行為はただでは決して合法的にはならない。狂犬病の予防のためなどだけなら、野犬狩りの行為は、残忍だという印象をさえ多分与えないだろう。経済上の必要が直接その後ろにかくされている時初めて或る行為が残忍という性質を受け取るので、そしてその時は同時にその残忍な行為が社会的に合法化されている時なのである。
犬は野犬に限らない。野犬に落ちるのは大抵駄犬であって、名のある犬は大抵飼い犬になる。首輪も嵌めず定住処もなく、定職もなしにフラフラしていると、浮浪罪に問われて、タライ廻しに合った揚句、三河島で秘密裡に処置されて了うが、その代り飼い犬となって雇われたとなると、仲々尊敬されるものである。愛玩用としては、有閑マダム・スポーツマン・芸妓などと並ぶことが出来るし、警戒用としては門番や守衛や巡査などと肩を並べられるし、狩猟用としては忠勇な軍隊とさえ一緒になることが出来る。この間関東軍では、東京から京
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