この協議会の第一回会合は四月の十六日に持たれたそうであるが、そこで指導的な役割を演じたものは恐らく警保局だったろう。それに先立って警保局は協議会に提出する原案を決定したが、それは次のように広汎な分野に亘るものである(東朝四月十二日付)――
 一、建国精神・日本精神の確立・精神運動の作興、日本古典の研究。
 二、近代思想の諸相の究明。
 三、教育制度の改革。国史教育の奨励。社会教育の普及徹底。
 四、社会政策の実施。
 五、人口問題対策による生活不安の除去。
 六、政治に対する国民の信頼を深めること。
 七、新聞出版関係者、著作家との連絡を密にしその協力を求めること。
 私は原案七項全部賛成である。まず第一項(建国精神の確立・古典の研究)其他及び第二項(近代思想の諸相の究明)は、国民精神文化研究所に大いにやらせれば宜しい。一体あの研究所の所員は暇で困っているのだから。但し古典の研究では「南淵書」の研究も忘れてはいけないだろう。第二項(教育制度改革・国史教育奨励・社会教育普及徹底)ではまず帝大、官立大学の法文経を民間に払い下げて官製インテリ失業者を少なくする、インテリ失業者が教育上最も面白くないので、それだけの数が普通の失業者ならばあまり問題は起きないわけである。国史は史学的に研究する代りに国学的にやるべきであり、社会教育は普及しただけでは危険だから「徹底」させなければならぬ。それから第四項の社会政策のためにはすでに協調会というものが出来ているし、第五項の人口問題解決=生活安定は、ルンペンを第一陣第二陣と満州に移民させればよいし、国民は無論政治に信頼を置いているから之を「深め」さえすればよい(第六項)。検閲を円満にするには出版関係者乃至著作家自身と連絡し協力する以上に理想的な方法は又とあるまいではないか(第七項)。
 以上の諸項目の一つ一つに就いて吾々は完全に賛成であると共に、之が実現可能であるということを信じて疑わないものである。だからこそそれに賛成しているのである。――只、一つ心配なのは、日本精神の確立とか日本古典の研究とか近代思想の究明とか、国史教育社会教育の奨励とか、教育制度の改革とか、いうものに就いてまで、警保局で原案を造って呉れて了っては、文部省のすることがなくなりはしないかという、素人臭い心配の一点だけである。警保省文部局ということになりはしないかと
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