ばならないので、従って不良ダンス教師はどしどし検挙されなければならない。それに、ダンス教師を挙げれば挙げる程、美しい不良マダムが露出して来る。裏長屋のお神さんなどとは違って、上流の一見近づき難い貴婦人達なのだ。
馬鹿を見たのは不良ダンス教師や、又はそれらしく見做されたダンス教師で、一遍に多数のモダーンボーイ失業者が出来上った。併しそれだけダンスホールが浄化されたことは勿論で、風紀警察は、女学校の舎監のように安心したのである。
併しダンス教師という職業人は、その職業の鑑札の手前、警察によって風紀取締りを受けねばならぬのは当然だとして、元来が無職で、ダンス教師とは反対に無職であり過ぎるために風紀を乱した有閑マダム達を、風紀警察が摘発したのは、警察権が私事に立ち入ったという観を呈するのを免れないだろう。尤も仮に裏長屋のお神さん達ならば、色々の有利な便宜を所有するだけの金がないから、風紀を紊すにしても私事として紊すことは出来ないかも知れないので、そういう社会条件を変えて見れば、上流夫人達の私事も実は下層の女房達では公共な行為になるだろうから、この有閑マダムの私事を摘発するのは実質から云って悪くはないだろうが、形式から云うと、どうも物好きなおセッカイだと云われそうである。
処が丁度、某華族の夫人などが中堅で、この良家の不良マダム達の賭博という犯罪が挙がることになって来た。これで物好きなおセッカイも決して、ただの物好きなおセッカイではなかったことになったので、風紀警察の面目も立ったというわけである。
風紀警察の面目が立ったばかりではない。兼ねがね世間から別世界視されていた名流文人達が、有閑マダム一味と賭博をしていたことが判った。之を抉剔することは必ず世間の喝采を博するだろう。警察権の道徳的面目を飾るには、これに増して手頃な材料はあるまい。処が、元来これ等の文人達は、手口は本職的でも、実は遊戯でやっているので、職業的な博徒のような意気の真剣さがあってやっているのではなかったから、この「犯罪」をもっと呑気に考えているので、中には賭博は罪悪とは考えないと云ったようなことを公言しているから、あまり道徳的な御利益は、この検挙によって得られなかったらしい。
この検挙はこういう意味であまり成功ではなかったようだが、それに加えて、都下の有力新聞の或るものは、文人賭博の検挙をする位いな
前へ
次へ
全201ページ中63ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング