ら、社会的にもっと大物の、而も世間で相当知れ渡っている事実である、政界や財界の名士の賭博を、なぜ検挙しないのかと、警視庁にねじ込んだ事実さえある。又しても警察当局の検挙行為自身が批判の対象にされたわけで、これによって警察の道徳的な色揚げは、又少し剥げかけたように見える。
 風紀警察から出発した警察権の道徳的な色揚げは、以上のように、只ではどうも理想的に甘く行かなかったが、之を思想警察と結び付ければ、もっと尤もらしくなるだろう。文壇の堂々たる大家も単なる風紀警察の下に、不良少年係りの手で挙げられたのは少々気の毒だったが、今度はそうは行かない。保安部の手によって風紀警察が発動し始めたのである。
 新劇場の面々が、「戯曲源氏物語」を上演することに決定して、入場券も売り、舞台稽古も怠りない頃、当局は突然上演禁止の旨を通達した。その理由は、事宮廷のことに関するのと、それが又おのずから上流社会の風紀壊乱を示すことになるのが重ねて悪いのとの、大体二つであるらしい。良家の有閑不良マダムの摘発は、ここで再び生きて来たわけで、併し今度迷惑したのは、ダンス教師ではなくて、不良ダンス教師に見立てられた光源氏の君である。
 わが国の最も代表的な国粋文学が、元来ならば申し分ない精神作興の効果を挙げる筈の処を、有閑不良マダム達のおかげで、全く逆の効果を生むようにされて了ったことは、独り紫式部学会の人々や劇場関係の人々、そればかりではない天下の全輿論が、深く遺憾とするばかりではなく、恐らく当局自身残念がっていることだろうと思う。何等かの道徳的効果を挙げようという思想的動機から発動した風紀警察自身も、ここまで来ると、却って思想警察と抵触することとなる。困難なのは風紀警察であり、之を更に困難にするものは思想警察なる哉である。
[#地から1字上げ](一九三四・一)
[#改段]


 博士ダンピングへ

   一、医学博士の家元制度

 下関の或る開業医が、長崎医科大学学長を相手取って、自分が同大学へ提出しておいた学位請求論文を審査すべからずという仮処分方を、裁判所に申請した事件があった。結果に於て同医師の申請は却下されたが、この風変りの訴訟に対して世間の注意深い人達は一寸奇異の感を懐かざるを得なかっただろう。「博士濫造」という廉でかねがね世間から胡散臭いものと見られている医学博士に関することだから、どう
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