基いて解決されねばならぬと考えられ、観念の起原発生を感覚論的に研究することが哲学的方法と考えられた。この学問は感覚論的である限り一種唯物論的な特色を有っていたが(コンディヤック 〔E'. B. de Condillac〕 の感覚論から由来する限り)、併し他方例えばメヌ・ド・ビラン Maine de Biran(1766−1824)の内部的人間学へ連なるものを有っている。と云うのは、問題の出発点が観念の問題に限られ、事物を観念の関係に於て処理しようとする結果、問題の解決自身が観念的となり、即ちまた観念論的とならざるを得なかったのである。その結果、この学問によって、事物は現実的に解決される代りに、哲学的な単なる言葉によって解決されるという弱点を将来することとなり、空疎な言辞と大言壮語の類がイデオロジーだと考えられるようにさえなった。同時に哲学的空言家がイデオローグ 〔ide'ologue〕 と呼ばれるようになった。ナポレオンがデステュット・ド・トラシを「イデオローグの巨頭」と呼んだことは有名である。以上は十八世紀のフランスのイデオロギーであるが、哲学的空言という意味のイデオロギーなる語はやが
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