が少しも実際的なものとして把握出来ないばかりでなく、知識が実際的行動の一部に過ぎないという点が、遂に見失われるのだという。この反主知主義はイギリスの経験論に由来する処の少くないのは云うまでもないが、認識と生活とに関する進化論的思想に基く処が極めて多い。現に同じく進化論に由来するマッハの思惟経済説は一種のプラグマティズムに数えられているのである。場合は可なり異るが、同じ仕方でニーチェも亦一種のプラグマティストに数えられ得る。
 ジェームズのプラグマティズムを発展させたものはアメリカのデューイ(J. Dewey)とイギリスのシラー(F. C. S. Schiller)とである。前者はジェームズに於けるインストルメンタリズム(道具主義)を徹底し、後者はその人本主義(ヒューマニズム)を誇張する。シラーによれば「人間は万物の尺度」である。(プロタゴラスのこの懐疑論的命題は近代ブルジョアジーの能動的命題となった。)かくてプラグマティズムに於ける主観論、観念論は次第に露骨となりつつある。
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参考文献――James, W., Pragmatism, 1907; Dewey, J.
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