物質をその特殊な現象形態とするような、一つの哲学的範疇として吾々は之を把握せねばならない。処で物自体の概念は比較的之を能く捉えている。夫は主観から独立な、主観からの関与に関係する事なくしても独自の運動法則を持つ所の、客体を意味する。尤も物自体をカント風の形而上学的概念と考えてはならない。形而上学的物自体は結局カントが指摘したように、不可知論的な存在であり、吾々は夫に就いて何ごとをも語る事が出来ないだろう。実際は主観が認識を―感性を介して―開拓して行くことによって凡ゆる側面から之の認識に迫ることが出来ねばならぬのである。この物質は事物の外廓的な又は天降り式な形式ではなくて、内容の圧力によって自己の形態を形成して行く質料であり、事物の具体性の最後の拠り処である。夫は物理学的認識に於て物理学的物質の概念を与えるばかりではなく、人間の歴史的社会に於ては、物質的生産力の範疇を与える。之が社会のさし当り最も手近かな物質的根柢となるのである。――だが、物質に対する主観の関係は、物質の単なる認識に止まることが出来ない、それの単なる認識であってもすでに実践的性格を有たねばならぬ。実験が夫である。物質は元
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