gにとっては、弁証法なるものは、アリストテレスなどでもそうであり、又その言葉自身が元来往々そう使われて来たように、論理の云わば消極面、否定的な面を云い表わすもので、夫は論理学の正面に位置するものではなかった。処がそれにも拘らず、もはや従来の所謂形式論理学に止まることの出来なかったカントにとっては、この弁証法は、論理学の正面を云い表わすその「分析論」と並んで、その裹を[#「裹を」はママ]検討するために、表面に出て来る必要があったのである。――この現象は、カントの先験的論理学に於ける根本的な不整頓を意味するわけで、先験論理学が形式論理学の欠陥をこういう形で云い表わすという点を、無意識ながら判然とさせたのは、カントの卓越した見識に数えていい。
処でカントのこの云わば消極的な弁証法を積極的なものと考え直したものが、取りも直さずヘーゲル[#「ヘーゲル」は太字]である。ヘーゲルによれば、弁証法は決して単に論理が矛盾に陥ることを憂慮する処の論理ではない。形式論理学の矛盾律に従えば、論理は常に一切の矛盾から超越していなければならないわけだが、それは論理を全く形式的に無内容に考えるからで、実際の事物に
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