I唯物論の本質(唯物弁証法)を自然に於ても貫こうとするものがエンゲルスのこの自然弁証法である。
自然弁証法の一般的な特徴は、自然が一つの歴史的過程であることの認識である。従って自然には絶対的に固定したものはなく、又他から絶対的に孤立した部分もない。一切の自然諸現象、諸事物は、歴史的に変化するものであり相互に連関あるものである。之は諸事物、諸現象の相互浸透即ち又対立の統一ということに他ならぬ。この意味に於いて又自然の一切の事物現象は矛盾と矛盾の自然的棄揚(否定の否定)とに基く。以上は自然という主観から独立した客観的存在そのものの根本法則に他ならぬ。―次に此自然そのものを研究する自然科学は、自然に関して弁証法的な諸概念を持たねばならぬ筈であり、事実また自然科学の歴史は逐次に自然の弁証法的観念に向って発達しつつあるのを告げているのが事実である。自然科学者自身は弁証法の観念を自覚しないが故にこの点の自覚が欠けているのがこれまでの多くの場合だが、自然弁証法の観念を意識することによって、科学的研究方法は意図的に促進されることが出来る。現代の所謂自然科学の危機や新物理学に於ける諸変革は、恰も自然と自然科学的諸概念とが、弁証法的なものでなければならぬということを、告げているものに他ならぬ。之こそ現代に於ける自然弁証法の証明だと見做される。以上は自然科学的研究方法が自然弁証法によらねばならぬことを示す。
自然弁証法の観点に立つことによって初めて、自然は社会や観念界との世界観統一を得、自然科学は他の諸科学との方法論上の統一を得る、と考えられる。
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参考文献――エンゲルス『自然弁証法』(岩波文庫上・下)。『自然弁証法』(唯物論全書)。
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[#中見出し]実在論 ジツザイロン 【英】Realism【独】Realismus【仏】〔Re'alisme〕.[#中見出し終わり]
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広く観念論乃至理想主義に対す。観念乃至理想でない処の事実乃至現実を以て、思考乃至情意の出発点乃至根拠とする思想。但しこの事実乃至現実が何であるかによって、実在論には無限の種類が含まれている。少くとも文化乃至学問の領域如何によって、問題となるべき事実乃至現実なるものが夫々異る。例えば芸術に於ては写実主義となり、倫理乃至道徳に於ては現実主義となり、神学に於ては実念論となる。哲学で実在論と呼ばれるものは、主として認識理論の一つの立場を云い表わす。又哲学でも数理哲学では数学的実在論となる。問題を哲学乃至認識論に限定しよう。
実在論の最も典型的な模型は、素朴実在論である。之は、人間の認識は与えられた客観的事物をそのまま模写するものであるという主張に立つと云われている。処が観念論者は之れを批判するに際して様々の改釈を施すのであって、或いは客観的現実そのものが、全体的に一遍でありのままに模写されるという主張に直したり、或いは逆に、人間の意識にのぼるものがそのまま実在に照応するという主張に直したりする。前の場合ならば認識の発達・誤謬の発生というものの説明が出来なくなり、後の場合ならば、空想や妄想と現実性のある観念との区別はなくなる、と云って非難する。のみならず、実在が主観に対立する客観のことであるとか、又認識とはこの客観を鏡のように写すものだとかいう考え方は、全く常識的な観点を出ないもので、批判と反省とを経ない素朴な認識論にすぎないと非難されるのである。自然科学者は往々之を採用すると云って非難される。
併し実際に観念論からするこの二群の非難に相応する実在論は、恐らく哲学体系として未だかつて無いのであって、之は観念論によって非難されるべき模型として、観念論者自身によって考案されたものに過ぎない。素朴な常識や自然科学者の観念と雖も右のような注文の通りには出来ていない。客観的事物をその儘模写するということは、その全体を一遍に写すことが出来るということとは無関係であるし、また夫を逆にして、意識された通りが実在そのものの姿であるという主張とも関係がない。実在そのもの、物自体、を順次に科学的な手続を経て歴史的に模写して行く過程を考えれば、この第一群の非難は無意味となる。―次に実在を客観と考えることには実在論固有の理由があるので、主観的恣意から独立な処に哲学の根拠を求めようとする必要から来る当然の帰結でなければならぬ。各種の実在の内でも特に客観的存在が就中実在としての資格を有っているという主張であって、もしこの主張に根拠がないとすれば、同様に観念論の存在観にも根拠がないということになる。それから認識は模写だという模写説は実は認識そのものの一つの説明というよりも、認識ということの同語反覆的
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