トマルクス主義哲学を組織的に遂行することによって国際的な社会主義運動のために稀に見る大きな実践的影響を与えた。それ故レーニンはプレハーノフの著述を能く学ぶのでなければマルクス主義を根本的に理解することは出来ないと云っている。実際この時期に於て書かれた凡ゆる領域に於ける彼の理論的労作は世界的文献として通用したし、又今後もそうなければならぬであろう。『無政府主義と社会主義』は一八九四年フランス語で書かれ、間もなく英・独語に飜訳された。『チェルヌイシェフスキー研究』も同年に出版、哲学的著作として最も重きをなしている『一元論的歴史観の展開の問題に対して』(川内唯彦訳、史的一元論)は一八九五年ツァーリの検閲の網を潜ってロシア語で出版された。一八九六年には『唯物論史のための寄与』(恐らく母語で書かれたもの)が出版された。
 彼は一八八九年以来第二インタナショナルの主導者として、エンゲルス、カウツキー、ベーベル等と共に活動していたのであるが、中でも彼とレーニンとの関係は最も宿命的であったように見える。後輩レーニンの台頭と共に十数年来のプレハーノフの権威はすでに多少の動揺を免れなかったが、それでもロシア社会民主党の第二回大会(一九〇三年)を経るまでは、この二人の代表的闘士は恰も各々の分担を協定したかのように夫々政治闘争と理論闘争とを以て相寄りながら活動することが出来た。両者は機関紙『イスクラ』(火花)と『ザリャー』(黎明)とに拠って経済主義への偏向の克服と中央集権的革命党への結成とのために戦ったのである。第二回大会に当ってボリシェヴィキとメンシェヴィキとが分裂するに到った時、『イスクラ』をボリシェヴィキの指導の下に編集すべく選ばれたのもこの二人であった。之に拠ってプレハーノフは昔日の才能をボリシェヴィキとして再び思うままに発揮することが出来た。処がその後数ヵ月を出ない中、彼はイスクラ編集者としてメンシェヴィキの人々をも迎える事を提言するに到ったが、レーニンは之を却けてイスクラを脱退した。かくてイスクラはメンシェヴィキのものとなり、レーニンと袂別したプレハーノフは爾後暫くの間全くのメンシェヴィキとして止まった(『吾等の批判者の批判』が一九〇六年ロシア語で出版された)。併し社会民主党がその苦難期(一九〇七年後の数年間)に入るや、プレハーノフは結果に於て再びボリシェヴィキの味方となり党のために計り知れぬ功績を立てた。彼は再びレーニンと共に一方に於ては党内の経験批判論者に対して、他方に於いては党清算主義者に対して、奮闘を続けた(レーニンの『唯物論と経験批判論』は一九〇九年に出ている、そしてプレハーノフの『マルクス主義の根本問題』は一九〇八年に出た)。特に当時依然として、メンシェヴィキの権威であった彼が、メンシェヴィキとして止りながら、メンシェヴィキの党清算主義者に対して破壊的な演説を敢行したことは、レーニン等ボルシェヴィキにとっては百万の味方に値したことである。ボリシェヴィズムへの彼の接近は一九一二年まで続いたと見ることが出来る。
 然るに欧州大戦に臨んではプレハーノフは極端なる社会愛国主義的立場を取り、一九一七年の三月革命を経てもその立場を棄てなかった。彼は死に到るまでソヴィエト権力を承認しなかったのではあるが、十月革命(一九一七年)の成就した後はボリシェヴィキ及びソヴィエト政府に対して公然の敵として現われることを躊躇した。一九〇五年(党ボリシェヴィキ第三回大会・メンシェヴィキ第一回大会の年)以来、『ロシア社会思想史』の著述に取り掛り、一九一四年第一巻を出版したが、この書物に於ける研究方法の中にすでに、何故彼が祖国防衛主義者とならねばならなかったかが暗示されているとも云われている。
 上記以外の労作は多く Neue Zeit 誌上に発表されたが邦訳となった著述は『階級社会の芸術』(蔵原惟人訳)、『芸術論』(外村史郎訳)、『文学論』(外村史郎訳)、『マルクス主義宗教論』(川内唯彦訳)等である。何れもマルクス主義的文化理論の典型と看做される。全集(リヤザーノフ編集、ロシア版二六巻、一九二三―二五)が出ている。


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[#中見出し]弁証法 ベンショウホウ 【英】Dialectic【独】Dialektik【仏】Dialectique.[#中見出し終わり]
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 ギリシア語 〔dialektike^〕 に基く。弁証法とも訳す。本来会話の技術又は弁論の仕方を意味する言葉であったが、哲学上の一定の用語として用いられるようになってからは、様々の変遷を経て今日に至っている。一応の哲学史の上では弁証法は、特定の幾人かの併し多くは非常に優れた哲学者の、思想の内にだけ現われるかのようであるが、併し実は之は意
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