ニの関連[#小見出し終わり] さて以上のようなものが自然科学の諸部門であるが、自然科学はすでに云ったように社会科学に直接隣接している。終局に於て社会衛生の問題に帰着する医学技術上の諸問題は、云うまでもなく基礎医学に科学的根拠を有っているが、その基礎医学の可なりの部分が生物学(乃至広義の生理学)にぞくしている。そして特に生物進化理論は社会の生物学的基礎に直接連っているから、進化理論と社会理論との間には緊密な連関が横たわっている。例えば産児制限問題や優生学上の問題や、更には人種問題、人口問題までが、何等か生物学的解決に俟つと考えられ易い。社会法則さえが往々進化法則によって説明され得ると考えられ易い。併し云うまでもなく社会は自然の必然的な発展物ではあるが、社会の運動法則は決して自然法則そのままでもなければ、又それの単なる変容でもない。だから医師風の社会観や社会政策論や、社会ダーウィン主義などは、社会科学としては根本的な誤りから出発するもので、生物学の社会科学への無条件的な侵入は甚だ重大な結果を産む誤謬であるが、併しかかる誤謬が比較的安易に発生出来るということは、この二つの科学領域が如何に直接な連絡を有っているかを示している。
 だから例えば生物学と云っても、之を物理学(乃至化学)から切り離して問題に出来ないのは云うまでもないばかりでなく、之を社会科学と切り離してさえ充分な観点を失って了うということを注目しなければならない。だがこの自然科学と社会科学との連関は、決して生物学にだけ特有なものではない。一切の自然科学が社会科学と或る根本的な連関に立っているということを、特に今注目しなければならない。ここで技術学(乃至ルーズに云えば技術)と自然科学との関係が最も重大となる。
 数学―物理学―化学が狭義の技術学(Technologie)即ち工学(Engineering)と事実上密接に結合していることは何人も知っている。だがこの結合に就いての理解は、必ずしも同じではないし又根本的でもなければ正当でもないのが常である。普通技術学は自然科学の応用だと云われている。というのはまず自然科学が原理的に研究されて、それがその後発見された必要に応じて実際問題に応用された時、それが技術学というものだと考えられている。なる程一応そういう風に外見上は見えるのであるが、自然科学者自身がその研究の主観的な意識に於てどう意識していようと、自然科学の原理的な研究は、概括的に云えば凡て直接にか或いは間接にか、社会の技術的従って又技術学的必要と目的とによって、客観的に要求されたものであって、自然科学一般の発達の歴史は、実は社会に於ける生産技術の要求に従って、技術学的な目的に沿って、それから又技術学的な与件に立脚して、初めて展開して来たことを示している。ただその要求なり目的なり与件なりが、自然科学の研究や発見や創意にまで機械的に露骨には反映しないから、自然科学者自身さえが之を主観的には自覚し得ない場合の方が多い、というまでなのである。だから自然科学は技術学へ単に偶然に付けたしのように応用されるのではなくて、初めから応用されるべき約束の下に応用されるに他ならない。
 生物学と雖も之と少しも異るものではない。生物学の発達は主として農業技術学上の必要と目的との下に、農業技術学の発展段階を与件として、初めて行われる。ダーウィン主義乃至進化論も、それがダーウィンによって実証的な根拠に立った科学的理論となるためには、この農業技術学上の発達に依存しなければならなかった。
 自然科学は一般に産業技術学を離れて理解されることを許さない。云うまでもなく両者のこの関係は決して簡単でなく又単純ではないのだが、この関係への注目を一貫することによって初めて、自然科学の生命が、その本質と運動とが、実質的に理解出来る。自然科学の発達が、個々の天才人の天才的能力や、又は人間一般の理性や悟性やそう云った精神の発現に負う処は大きいに相違ないが、そういう精神力の発現自身が、なぜそういう内容となって又そういう時に、行われねばならなかったかが、技術学上の根拠に立つのである。そしてここにこそ自然科学の具体的内容があるのである。もしそうでなくて、単に精神的な表現だと云うならば、自然科学はなぜ自然科学となって芸術や何かにならなかったかが説明出来ないだろう。社会主義も日本主義も同じく頭脳の産物には相違なかろう。だが頭脳の所産だということは何等社会主義の説明にもならず日本主義の説明にもならぬ。社会主義が日本主義と異る所以《ゆえん》、即ち社会主義が一つの思想[#「思想」に傍点]である所以は、それが頭脳の所産であることにあるのではなくて、正に社会人の生活の物質的根拠に照応している処にあるのである。
 処で技術学は云うまでもなく社会に於
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