。雑誌『科学』や、『唯物論研究』、又『科学ペン』を初めとして、『科学評論』とか『綜合科学』とかの活動を見ねばならぬ。一般評論雑誌に於ける自然科学関係の論文や評論が目立って殖えて来た事も注目に値いする。この科学的ジャーナリズムは、普通考えられているような科学ニュースの提供という意味での科学ジャーナリズムではない。科学随筆(?)の如きものに堕する傾きもなくはないが、それとても単なる全盛の一余波につきるわけではない。現象の要点は、自然科学に関する科学論的省察が、色々の形で盛んになって来たということに他ならぬ。自然科学が、思想一般の問題に対して、重大な役割を再び(云わばルネサンス以来)持って来たことの、国際的現象の、日本的一環なのだ。
この現象を私は、自然科学の思想化的傾向[#「思想化的傾向」に傍点]と呼びたいのであるが、反対する人も多いだろう。特に今日自然科学や哲学の出身の科学論者の或る者達が、決定的に占拠した保塁と見做しているのは、科学の所謂社会階級性を否定又は無視してよい[#「してよい」に傍点]という点にあり、又更に、科学の国民的・民族的・国家的・特性の強調に対しては或る程度譲歩した方
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