か偶然な興味で読み始めたのが、途中で止めることが出来ない程惹きつけられたりすることがある。初めから魅力がありそれが終りまで裏切られず続くものも勿論ある。こういう夫々の場合の相違は、面白さというものの意味が読み方の進むに従って変って行くという事実を物語っているのである。之は作品鑑賞の時間の順序にばかり関係があるのではない。云わば芸術作品の表面と内面との関係についても云えることで、表面的・外面的・な面白さと内面的な面白さとの間にはおのずから意味の相違があるわけである。
仮に芸術の有つ面白さという観念が、それを云う人の個人個人によって別であることを考えに入れなくても、同じ芸術作品の表面の面白さと内部的な面白さとは違っている。そして多くの場合、この内部的な面白さというものは、予め外面的な面白さから引き入れられたという順序の上に立って初めて面白くもなるものなのだ。つまりこの内部的な面白さ、それだけ芸術としては本格的な面白さは、多くの場合、いきなり触れては魅惑を触発しないに拘らず、外面の面白さにつられて内面へ案内されて行くという順序を踏むと、初めてその面白さが素直に判る、という場合が多い。絵画に
前へ
次へ
全30ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング