内容は、常に社会的に健康な養生的で建設的な積極性を有つものなのだ。宗教など、それが文化を超越すると考えられる時は、同時にその阿片性が最も純粋になる時であることを思い出さねばならぬ。――娯楽は社会生活に於ける建築の一種で、エヤバウエン(Er−bauen)(教慰)し、ビルデンし(教育し教養を与える)、ウンテヤハルテンする(Unterhalten――下から支える)(楽します)ものなのだ。尤も之は言葉の洒落に過ぎないが、併しそこに多少象徴的なものがあろう。

 そこで問題は、芸術と娯楽との関係である。娯楽行為一般としての娯楽、又文化形象としての娯楽、と芸術との関係である。問題は芸術の民衆性・大衆性・に通じるのだ。――芸術の大衆性・民衆性・の一つの不可欠な要素は、つまり面白いということなのだが、併し芸術の面白さの意味は様々であるので、この言葉だけでは殆んど何物をも解決し得ないように見える。文学作品なら文学作品を、読み出すまでの面白さ或いは読み始めの面白さ、と、読み出してから後の面白さとでは、大変意味が違うのである。読書の欲望をかき立てるような作品でも、読み続けて見ると案外退屈であったり、最初は何
前へ 次へ
全30ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング