労生活に於ける労作成就の怡びや生活満足感や生活の一般的享楽は、どれもまず娯楽というものを、平俗な併し確実な入口としている。民衆は娯楽を有たねばならぬ。だが娯楽は支配者の配慮によって外から与えられるものではない。支配者は高々慰安をしか与えることは出来ぬ。支配者は民衆の娯楽であるべきものをさえ、慰安の形に引き直してしか与えない。今日の娯楽はかくて、宗教的荘厳の有難さからスポーツの刺戟や性的蠱惑に至るまで、民衆の阿片とされて了うのである。
 娯楽の積極性のもう一つの要素は、前の単なる生活契機である娯楽行動一般とは異って、娯楽が夫々の文化形象をなすという点に存する、麻雀・球・碁・将棋・娯楽雑誌・諸演芸を初めとして、各々性質を異にするものを漠然と総称する処の所謂スポーツ(之は体操から一六勝負までも含み兼ねない)社交の催し(パーティー・サロン・其の他)など、夫々いずれも社会に於ける文化形象なのである。娯楽はこういう社会的制度の一つでもあることを記憶せねばならぬ。こうした文化形象を結べるということは、娯楽が単なる暇つぶしや慰安というような消極的な受動物ではない証拠で、文化を形づくることの出来る精神的
前へ 次へ
全30ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング