楽のもう一つの側面である或る意味での積極性の方を考察してかかることが必要だ。
娯楽の人間社会生活に於ける積極性と考えられるものは、二つの要素からなっている。その一つは勤労生活の契機として要求される処の、娯楽を楽しむという行為一般のことだ。つまり何でもよい、娯楽という時間、娯楽という態度、それが社会に於ける人間生活にとって、可なり大きな教慰的な養生的な建設的な意義を持っているのである。民衆は慰安も休息も必要でないかも知れない、まして暇つぶしの仕方や退屈凌ぎの技術をやである。慰安や休息を必要とするのは、労働生活、勤労生活、そのものが社会機構に於て不健全だからである。娯楽は之に反して、決してそういう何かの欠乏の後からの埋め合わせや弁解ではない。生活の消極的な陰や否定的な側面などではない。生活の陽当りのよい露出面での出来事でもあり瞬間でもあるのだ。否、そうあるべきなのだ。又あり得る筈なのだ。娯楽そのものが労働生活の有機的な一環として社会的に公認掖導されねばならぬものであろう。
娯楽はこうした社会生活に於ける健康と幸福との現実的な第一段階であって、ただの社会の隙間の穴埋めにあるのではない。勤
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