ることが出来るのである。どういう限度かと云うと、結局或る意味での大衆性乃至民衆性を有つ場合であると見ていいようだ。と云うのは、娯楽は労働に対立する意味での休息や慰安、暇つぶしや退屈凌ぎとは異っていたが、併し同時に、勿論単なる労働でもないので、最も入り易い、最も安易[#「安易」に傍点]な最も甘美[#「甘美」に傍点]な、そして最も魅力と模倣性とを有った(大抵は直接大して生産力とはならぬものではあるが)、労働であるわけだが、そのことから、娯楽が通俗性[#「通俗性」に傍点]を不可欠な要素としていることが判る。ディレッタンティズムなどと正反対な所以だが、さてその通俗性・平俗性・というものが、娯楽の大衆性乃至民衆性と一応さっき云った処のものに、他ならなかったのである。
安易・甘美・平俗・な本質を有つことによって、社交的形態に於ける享受を容易にされるようなものが、娯楽であり、娯楽の社会性と考えられるもの一切はここから出発して考察されねばならぬのである。例えば民衆の日常的結合の組織には、いつもこの娯楽の社会性・通俗的社交性・が活用される。娯楽は大衆組織の拠り処の一つだろう。ただそうであるためにも、娯
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