社交感をその芸術内容の一つとしているだろう。だが芸術のことは後にして、会食やティーパーティーやダンスパーティーは、明らかに社交的娯楽の意味を有っている。勿論全く個人的にも行なわれ得る娯楽もないではない。独りで講談本を読むのも、独りで流れに糸を垂れるのも、或いは体育的な意味に於ける個人スポーツ(勝負事や社交としてのスポーツではなく)も、強いて云えば娯楽に数えていい場合が多いかも知れない。だが体育さえもそれが本当に社会化されて日常生活に入り込む時は、マスゲームのようなものにならざるを得ない。そしてこういう風に社会化されて日常生活に浸潤する場合、それは同時に娯楽的な意味を得て来るのである。同様なことは娯楽としての音楽についてもその通りに云えるし、登山・ハイキング・旅行・から始めて酒席さえも亦、或る限度の相手を必要とする。それが娯楽のカテゴリーにぞくする限りはである。
今雑然と並べて見たように、娯楽は殆んど一切の生活領域の内に根を持っているのである。単なる娯楽としての娯楽というものは、独立の文化領域としては存在しないかも知れない。一切の文化領域が夫々の限度に於て、或る程度まで娯楽の範疇に這入
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