併し社会現象の典型的な出来事はすべて、実験としての意味を後から或いは外部から、持ち得るもので、それを別にしても、色々の実験が、実験としての自覚の下に、行なわれていることを忘れてはならぬ。例えば栄養食の研究は一定の集団的に規正された生活を営む人間達を材料として、実験的に行なわれる。造る処には必ず実験の役割があるのである。実験は生産と切り離すことは出来ない。
話を少し戻して、では天文学(星学)は何を造るのが目標か、と云われるかも知れない。併し今日の原子物理学が星学的研究を離れては十分の意義を発揮出来ないことを考えて見るといい。手近かな例は宇宙線の実験的研究だろう。之は云わば実験的星学とでも云うべきものであるが、最近は電波の反射によって、地球に近い宇宙空間に浮動している莫大な微粒子群の存在を証明し得るということで、これなどは立派な実験星学である。――だから天文学も暦を数える一種の数学[#「一種の数学」に傍点]以上のものである時は、物質の製造という過程の一環になっているのだと云っていいだろう。
今数学と云ったが、では数学は何を生産する心算か。数学は実は何も生産はしない。之は物を造るための認
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