は極めて平凡な日常性を有っている概念に外ならないのである。

 空間概念の事態のこの分析を、強いて[#「強いて」に傍点]既成の知識に結び付けるならば、之はあたかも”Ontologie des Raumes“と呼ばれるべきであるかも知れない。というのはこの分析は空間概念の事態に於ける不変[#「不変」に傍点]にして一般的[#「一般的」に傍点]なる「本質」の分析であると思われる一面を有ち、そしてその限り「形相論」、従って又 Ontologie の名に値いするからである*。けれども何故に「強いて」であるか。問題の成立と方向とを異にしているからである。吾々の得た処は成程、決して多様にして変化極りない「事実」の展開ではなくして、その事実に於て見られ[#「見られ」に傍点]たる本質、――自由なる変更に於て残留する処の本質――であるには相異ない。その限り之は「本質論」であると云っても不都合はない筈である。併しながら吾々の今の分析が如何にして要求されたかと云えば、それは空間概念[#「空間概念」に傍点]の分析の一つの段階として始めて成り立つ理由を与えられたのであった。この空間の「形相論」は常に始めから空間概
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