れ故現象学的方法に依って空間を取り扱う時、例えばそれは空間直観[#「空間直観」に傍点]として、従って空間概念の性格を不問に付して、研究されることになるであろう。之は恰も O. Becker の貴重なる論文に於て見受けられる処に外ならない*。
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* 「それ故吾々は空間性の現象学的諸層を(第二の)個別化原理として性格づけることが出来る。これの諸要素は全部同時に根源的に与えられることが出来、従ってそれは特殊の直観性を有つ。」(〔O. Becker, Beitra:ge zur pha:nomenologischen Begru:ndung der Geometrie und ihre physikalischen Anwendungen. Jahrbuch 6, S. 77.〕)因みに彼は次のような空間性の諸層を区別した。
[#ここから3字下げ]
 ┌A. 〔Die pra:spatialen Felder od. Ausbreitungsfelder〕
 │      A1[#「1」は下付き小文字] 〔Sinnesfelder (Seh−, Tast− und Geho:rrichtungsfelder〕)
 ┤      A2[#「2」は下付き小文字] Die Organbewegungsfelder
 │B. Der orientierte Raum(Hier−Ich)
 └C. Der homogene(unbegrenzte)Raum
[#ここで字下げ終わり]

 吾々が空間概念の性格に就いて今まで分析し得た処を繰り返せば、こうである。空間の性格は第一に判断乃至妥当の性格ではない、第二にそれは対象論的可能性の性格でもない、第三にそれは意識の性格でもあり得ない。従って空間概念は、この三つの場合に従って、論理学的、対象論的、現象学的に取り扱われることによって、その性格を見失って了わなければならない。空間の性格は存在(Dasein)である。今の三つの立場に立つ夫々の空間概念は何れも専門的空間概念に外ならない。吾々の求める空間概念は常識的空間概念であった。存在[#「存在」に傍点]としての空間はかかる常識的概念に外ならない。もしこの常識的空間概念を正当に――その性格(存在)に従って――取り扱おうとするならば、それ故、独特の取り扱い方が必要であるであろう。このような取り扱い方を吾々は存在論[#「存在論」に傍点]と呼ぶことが出来る。何となれば、茲に必要であるのは存在の性格を取り扱い得る取り扱い方であるのであるから。
 空間概念の性格――存在としての性格(Dacharakter)――を最もよく云い表わす言葉は世界[#「世界」に傍点]である。空間概念はその性格の上から世界概念にぞくすと云うことが出来る。之を世界性として理解する時、例えば之を表象と考えたり又は論理的範疇として片づけたり又は単なる形相と云い放ったりすることが、如何に見当を逸したことであったかを吾々は最も直接に覚ることが出来るであろう。吾々がその内に住み、それと交渉し、それと共にあるもの、そのようなものを吾々は世界として理解する。かかる世界の概念の一つが即ち空間なのである。それ故始めて吾々はそのような空間概念に基いて日常生活を営むことが出来るのでなければならない。空間は或る一定の専門的な問題に於て始めて成立する概念ではなくして、世界がそうあると同じく、常に不断に与えられている概念に過ぎない。ただそれであるからこそ却って、吾々がそれを把握するには一つの発見が必要であるに外ならない。空間はこのようにして常識的概念である。それ故又それは一つの根本概念[#「根本概念」に傍点]と云うことが出来るであろう。空間が多くの立場に於て問題となることの出来る所以はそれがこのような根本概念であることを証拠立てている。
 併し茲に注意しなければならないのは、吾々の所謂存在は常に云わば空間的存在に限られていることである。それに従って吾々の所謂世界も亦常に云わば空間的世界――自然的世界[#「自然的世界」に傍点]に限られる。何故そのような制限が必要であったかと云えば、吾々の問題は空間[#「空間」に傍点]であって、存在又は世界それ自身ではなかったからである。存在又は世界が語られるのはただそれが空間の問題に必要であったからに外ならない。決して存在又は世界が語られるために空間が問題となったのではない。吾々――空間概念の分析を仕事とする吾々――にとっては、存在乃至世界そのものの問題は per accidens な問いでなければならない。であるからもし一般的に存在概念を分析しそれに付随して空間概念が取り扱われる場合があったとすれば、その結果と吾々の分析とが必ず一致し得るという保
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