は茲に見出されるかのように見える。併し二に於て明らかにした処に従えば量的幾何学は必ずしも幾何学の本質を明らかにするものではない。それ故この解決を幾何学全体へ及ぼすことは出来ない筈である。即ち量的幾何学との関係に於ては必要な解決を取り出すべき一般的な関係を引き出すことは困難である。であるから吾々は質的幾何学を利用する方が有効であることとなる。一によれば質的幾何学は射影幾何学と位置解析とに分れる。それは幾何学の本質の異った二面を代表するものであることはその場合明らかにされた。それ故思惟Dの機能を空間直観と射影幾何学並びに位置解析との関係に於て指摘することが出来たならば吾々の問題の解決に充分であるであろう。探究の範囲がかく決ったとして次に如何なる着眼点によって探究の歩を進めるかを予め定めたい。もし空間直観と幾何学的直観との間に思惟を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]む余地がないならば空間直観の内容はそのまま質的幾何学の内容となって現われなければならぬ筈である。即ち前者と後者との間には差異を見出すことが出来ない筈である。それ故両者の間に思惟の機能を検出するためには両者の間の差異に着眼しなければならない。質的幾何学と空間の直観とに同一ではない処の性質を探求の拠り処としなければならない。併し同一でないと云っても凡ゆる意味に於て共通でないならば縦えそれが或る思惟の機能を云い表わすにしても空間直観と質的幾何学との間に働くものであるか否かは全く不明である。それ故そのようなものを検出することが出来てもそれによっては幾何学が空間直観に基くことの証明に役立つ筈はない。であるから吾々は両者の間に於て共通でありながら尚且つ互に異っている処のものを用いる必要がある。さて空間の直観の性質として普通次のものが挙げられる。等質性、等方性、無限、直線性及び次元。然るに前の三者はそのまま質的幾何学の対象の性質となる。従って吾々の要求を充さない。直線性は又少くとも位置解析には現われない。稜というような概念は一般に曲線を意味する。即ちそれは共通ではない。従って之も不充分と云わねばならぬ。唯独り次元のみは両者に共通でなければならぬように見える。幾何学も次元を持っているであろう。のみならず空間は三次元と考えられるに反して幾何学の次元は数3に限定される理由は何処にもないであろう。次元は両者に共通でありながら且つ両者に於て異っていると想像出来る。即ち次元は吾々の要求を充す可能性があると想像してよい。であるから問題の鍵は次のことに潜んでいる。空間直観と射影幾何学並びに位置解析との関係に於て、次元に着眼することによって思惟の機能を検出すること、之である。
空間が三次元であるか否かは一応の問題である。空間を実在構成の論理的制約と考え、論理的制約そのものには次元を考える理由はないから空間は三次元に限られる理由もない、とも云われるかも知れない。併し三に於て明らかにしたように空間は単なる範疇ではない。それが直観であるが故にそしてただそれ故にのみ範疇となり得るのである。それ故縦え範疇一般とも云うべきものの性質を取って来て空間の性質を決定してもそれは空間なる範疇の性質が決められたこととはならない。空間は直観である。そして事実三次元でなければならぬ。直観が三次元であるとは無意味ではないか、直観は心理的作用に外ならないから之が一般に次元を持つということさえ不当ではないかと考えられるかも知れない。併し直観には直観する一面と直観される一面とが必ず結び付いていなければならない。もし空間の直観される処の一面がないならばそれは如何にして存在の範疇となることが出来るか。今直観される処の一面――それが空間と普通呼ばれているものである――は事実上三次元である。直観する一面もその限り三次元ではないにしても三次元的でなければならぬ。空間直観は三次元性を有つ。併し空間直観の三次元性とは何か。空間直観に於ては点、線、面と云う内容を区別出来る。併し少くとも立体はこれと性質を異にしていなければならぬ。今有限な平面と有限な立体とを想像しよう。両者は共に空間全体の部分である。然るに両者を無限ならしめれば立体は空間全体となるに反して平面は矢張り全体の部分に止る。即ち空間直観に於ては要素は点、線、面以上に出ることは出来ないことが之によって証明されている。空間直観はこのような拡張することの出来ない全体である。之が即ち空間直観の三次元性に外ならない。三次元とは空間直観に於てはこの点―線―面の全体的な体系そのものに外ならない。それでは次に幾何学の次元とは何か。二に於て述べてあるようにそれは例えば数体系の次元とは異る。幾何学的なるものの次元でなければならぬ。次にまたそれは例えば色の体系の次元とも異る。ロッツェも云っているように色の次元とは要するに一つの比喩であるに過ぎない。Farbengeometrie 或いは Tongeometrie と云われるものは勿論幾何学ではないのである。即ち幾何学の次元は幾何学に固有でなければならぬ。n次の多様ということは「n次に延長せる多様」ということである。然るに空間直観の次元とは正にこの延長そのものである。何となれば之によってのみ空間直観は他の直観から区別されて「存在」の範疇となることが出来るのであるから。それ故空間直観の次元が意味するものと幾何学の夫が意味するものとは同一でなければならぬ。次元は両者に共通である。ただ両者の差異は前者に於てはそれが三次元であり後者に於ては一般にn次元であるということである。さて併し次元そのものは数3に限定される理由はない。即ち3はnにまで次元の性質上拡張されなければならない。処が空間直観の三次元性はその点―線―面の全体的な体系に外ならぬ。それ故空間直観の三次元を幾何学的空間のn次元に拡張するためには空間直観の点―線―面の全体的な体系と次元そのものとを分離しなければならぬ。即ち全体的な体系が次元に加えている制限を取り去らなければならぬ。次元はかくすることによって始めて独立となり任意の次元が可能となる。之を云い換えればn次元に拡張するためには点―線―面の体系の全体性(Ganzheit)を否定しなければならない。然るに点―線―面体系の全体性は空間直観の性質に外ならない。従って之を否定するということは空間直観をば之に代るべき他のものによって置き換えることである。三次元がn次元に拡張されるために置き換えられるこのもの、それは明らかに幾何学である。処が置き換えられるものは点―線―面体系の全体性を否定するものである。即ち点―線―面の体系を部分として[#「部分として」に傍点]含むものでなければならぬ。即ち空間直観に於て現われる処の内容を含み且つ之に現われない内容をも含むものでなければならぬ。故に幾何学は空間直観に於て現われる内容を含み且つ之に現われない内容をも含まなければならぬ、という結果となる。射影幾何学は点―線―面の体系を拡張して之をn−空間(n−space, Veblen a. Young, Projective Geometry, Vol. I)にまで及ぼし得るのでなければならぬ。即ち空間直観――点―線―面体系――に現われない要素――n−空間――をも公理に従って論理的[#「論理的」に傍点]に構成し得るのでなければならぬ。之によって空間直観に現われない関係に就いても空間直観に現われる関係の拡張として証明することも出来る。位置解析に於ても亦空間直観に於て与えられた個体的な図形――一を見よ――を必ずしも空間直観に於ては与えられない一般的な図形にまで拡張し得る可能性がなければならぬ。素より吾々は後の場合のような図形を如何にしても直観することは出来ない――それは空間の直観に現われないから――が、少くともそれを直観し得る図形からの類推として表象し得る[#「表象し得る」に傍点]のでなければならぬ。然るにこの場合表象するとは思惟するということ以外に意味はあり得ない。であるから幾何学が空間直観に現われる内容を含み且つ之に現われない内容をも含むということは、とりも直さず幾何学に於て空間の直観内容を含むと同時に之に含まれない内容をも思惟[#「思惟」に傍点]しうるということに外ならない。さてこの思惟が即ち求められたDである。D′[#「D′」は縦中横]=Dとなる。無論茲に見出された思惟は空間直観と幾何学との間の、即ち空間直観と幾何学的直観との間のあらゆる思惟の機能を云い表わすことは出来ない。唯その一例に過ぎない。併し之は前に述べたことによって[#式(fig43263_08.png)入る]の証明としては充分である筈である。故に一般的に幾何学的直観は空間直観に基くこととなる。幾何学は空間に基く[#「幾何学は空間に基く」に傍点]。之が全般の結論に外ならない。
茲に注意すべきことは以上の結果が単に幾何学と空間との間の一般的な関係を云い表わしたものに過ぎないということである。であるから幾何学が空間に如何いう関係に於て基いているかを残る処なく指摘することとは自ら問題を異にしている。唯だ以上の結果から次のことだけは推論することが出来る。数や群が一種の思惟体系であるならば、幾何学は一般に思惟を含むのであるから、数や群の概念を用いて幾何学を分類することも許されなければならぬ、ということ。数学者の着想の自由はここにその根拠を持つ。併しながらそれが決して幾何学が他の思惟体系に属する理由となるのではない。幾何学は空間に基く。之が幾何学と他の一切の数学との区別される所以である。幾何学が数学として持つ特徴が之である。
[#地から1字上げ](一九二六・二・二六)
底本:「戸坂潤全集 第一巻」勁草書房
1966(昭和41)年5月25日第1刷発行
1967(昭和42)年5月15日第3刷発行
初出:「思想 第五六号」
1926(大正15)年6月1日発行
「思想 第五七号」
1926(大正15)年7月1日発行
※ダブルプライムは、単位記号の「″」(秒、1−77)」に代えて入力しました。
※複数行にかかる波括弧には、罫線素片をあてました。
入力:矢野正人
校正:土屋隆
2009年6月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全8ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング