ウれて了うのが自然である。かつて生産力に相応し得た処のそれのための形式としての一定の生産諸関係は、却って、生産力の発達を妨げる処の桎梏という形にまで転化して了う。物質的生産力とこの一定の生産諸関係とは矛盾する事となり、この一定の生産諸関係はその内部に、可能な新しい生産諸関係にまで成長せねばならぬ処の否定的[#「否定的」に傍点]契機を孕んで来なければならない。之が生産諸関係に内在する物質的矛盾なのである。社会と社会的諸存在との一切の歴史的諸発展は、要するに物質的な生産諸関係に内在するこの矛盾の、止揚と再分裂との弁証法的過程に外ならないのである。この過程の叙述がそして、史的唯物論という社会科学的世界の内容に他ならない。
或いは問うかも知れない、ではその最後の物質的な生産力はどうやって成長するのか。夫は人間の知識や技術を俟つことなくしては発達し得よう筈がないではないか、そうすればそれは一面観念的なものでもなければならないではないか、なぜ特に物質的と考えられねばならないのか、と。この問いに対しては吾々は已に答えておいた、社会に於ける生産力である限り、単なる自然力のように全く観念的な側面を持た
前へ
次へ
全322ページ中310ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング