m#「自然科学」に傍点]乃至技術学[#「技術学」に傍点]の弁証法の一部分と、実質に於て別なものではなくなる、ということである。――之が自然そのものの弁証法と自然科学の弁証法との、連関である。)
自然と社会とは自然史的な一貫した連関を持っていた。そこから自然弁証法と史的唯物論との連関が、一般的[#「一般的」に傍点]に、必然である筈だった。今その内容[#「内容」に傍点]が、右に述べた通りだったのである*。
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* 自然科学的世界としての自然弁証法に就いて、その反映[#「反映」に傍点]としてのモメントに重点をおくか(realiter)、構成[#「構成」に傍点]としてのモメントに重きをおくか(idealiter)によって、自然弁証法と史的唯物論との比重が異って来る。前の場合には自然弁証法は勿論史的唯物論の基礎[#「基礎」に傍点]である。だが、後の場合には、自然弁証法はその時局的にアクチュアルな内容に於ては、却って史的唯物論によってリードされることになる。マルクスによって史的唯物論の方がまず大成されたという関係は、この後の契機から説明されねばならぬ。――
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