アカデミー」に傍点](支配者的な又は在野の又は対立科学的な)のものであり、之に反して常識はジャーナリズム[#「ジャーナリズム」に傍点]のものだと云ってもいい*。
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* ジャーナリズムの意義に就いて今茲に述べる余裕のないのは残念である。ジャーナリズムの観念程今日鈍重に機械的にしか理解されていないものは、又とない。甚だしいのになると、之をブルジョア的大出版事業や之に基く文筆稼業のことだと決めてかかる場合さえあるのである。だがジャーナリズムの歴史的な本質はクリティシズムと常識とへの関係の内に横たわる。その社会的現象形態のごく現象的に著しいものが今日のブルジョア社会に於けるそうした所謂「ジャーナリズム」であったに過ぎない(ジャーナリズムについては、拙著『イデオロギー概論』と『現代哲学講話』〔いずれも前出〕の内を見よ)。
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尤も或る一人の人間に就いて、彼が学者であるかジャーナリストであるか、学究家であるか批評家であるか、を決定することは困難であるばかりでなく又無意味でもあるように、常識と科学との実際的な連絡はこの区別によって払
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