については、拙著『日本イデオロギー論』〔前出〕の該当項参照。
[#ここで字下げ終わり]
だがこうした規定は、必ずしも間違いではないまでも、常識の単に消極的[#「消極的」に傍点]な一面をしか見ない処から生じた偏見であることを免れない。もし本当にそうならば一つの(政治的な)常識である世論などは、専門的な政治学の面前では何等の意味を有ち得ない筈だ。ブルジョア政治家は国務の専門家としての官僚の前に色を失わねばならぬ。――して見ると、常識と呼ばれているものには常識独特の、自律性と権威とがなくてはならぬ筈だろう。之を認めたがらない者がいるとすれば、夫は封建貴族的な科学の占有を望んでいるアカデミシャンの執着からででもあろう。
科学と常識とは単純に同一平面に於て対立するものではない。まして上下の体統関係に這入っているものでもない。両者は社会に於けるイデオロギーの切断面を異にしている。科学は研究[#「研究」に傍点]を、之に反して常識はクリティシズム[#「クリティシズム」に傍点]を、その切断面としている。一方は結論[#「結論」に傍点]を他方は見識[#「見識」に傍点]を、目指す。科学はアカデミー[#「
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