れる自由を持っている。そこで勝手にこの技術的領域から離れ、自然科学に於ける範疇組織とは完全に独立して、超技術的・反技術的・非技術的な社会科学的範疇組織が、観念的に自由に成り立つことが出来るというのが事実である。この現象は社会そのものという統一体から見れば、一つの内部的な分裂だが、不幸な社会に於てはこの種の分裂は避けがたいし又あまり目立ちさえもしないのである。かくてこの種の社会科学(?)は自然科学と全く絶縁[#「絶縁」に傍点]する。社会そのものは自然から絶縁し得ないにも拘らず、それらについての認識の方はバラバラになっていいということになる*(もし自然を絶縁したら社会の生産機構はその瞬間に停止するのであるが)。
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* こうして自然科学から「自由」になった思想が、実は極めて不自由な思想だということは、興味のあることだ。アラビア人は解剖する自由を持たず、蒙古人は耕作する自由を持たない。無数な死屍と無限な土があるにも拘らず、科学的知識から自由[#「自由」に傍点]な彼等の思想が、夫を禁止するのである。
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 科学の社会的規定は一通り
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