た区別は、今云った限りでは単に一応のものでしかない。ただ大切な区別があるとしたら、夫は党派性の方が階級性に較べて遙かに多く政治的活動を示唆する言葉だという点だろう。
[#ここで字下げ終わり]
社会科学は生産関係の内部に関して、重大な利害の関心を有つ処の科学である。この利害がこの科学の出発点を形成すると共に目標を与えるものだとさえいうことが出来る。だがこの事情は、普通ブルジョア社会科学者や平板な常識が想像するように、社会科学の科学としての客観性を否定することを意味するのではない。現実の経済機構が人間の利害関係の組織であることは一つの事実である。そしてこの利害関係を科学的に分析するのが社会科学の第一段階であるということも一つの事実だ。こうした利害関係なるものがいつも科学の客観性と相容れないものでなければならぬと決めてかかることは、一つの先入見でしかない。利害が客観的に分析されることによって、利害でなくなるということは、理解出来ないことだ。問題はただ、主観的[#「主観的」に傍点]な勝手な願望や希望によって利害の客観的な認識が妨害される時に限って起きるのである。利害の客観的な認識が、主観的
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